■ 膏薬屋2020.8.17

短編作品 2018年9月9日

・膏薬屋


私は独り住まいの気楽な老人である。
好きな時に起きて、好きな時に昼寝をして、好きな時間に就寝する。
年金暮らしだが、そこそこにやっていれば、なんとか生きてはいける。
会社勤めの時とは違って、誰かに気を使うという事もない。
気楽な老人だが、ヒマで時間を持て余しているというわけでもない。
年寄りなりに、そこそこ忙しいのである。

一人住まいと言ったが、正確にいうと一人とワンコ一匹との共同生活である。
共同生活と言うのだから、互いに助け合って生活をしている。
私は食事とかトイレの掃除とか・・・生活全般を担当している。
相棒の彼女はビション・フリーゼというフランス系の雑種らしい6歳犬。
彼女の役割は、私の話し相手と心のサポートである。
私の心に感情というものが残っているのは、彼女のおかげである。
彼女のお陰で、私は人間でいられるのだと思っている。
彼女とのことは機会があったら、改めて紹介するとしよう。
私が気楽そうに思われているのは、私がそう思わせているからである。
大変だというと、いろいろ面倒をみようという奇特な人が現れたりするので、煩わしいと思っているためだ。
このように、一人暮らしというものは、決して気楽な生活ではない。

この話は昨日の夕方のことだ。
一人暮らしにおける、最大の問題が起きた。
その日、私は久し振りに、根を詰めて書き物をした。
「ふーぅ、肩が凝った・・・」
そう思ったら、肩こりが気になって何も手がつかなくなった。
あれこれ手を回したり、肩を回したりしてみた。
疲れるばかりで一向に良くならない。
肩の凝るような生活をしていると、体力も落ちるものだと思った。
寝てしまえとばかりにベッドに入ったが、のたうち回るばかりで眠れない。
肩と背中の気怠さは我慢ができん・・・・
引き出しに膏薬がある事を思い出した。
早速、探し出したら、開封済みの袋の中に2枚残っていた。
そーっと匂いをかいでみたら、気の抜けたサイダーのようだった。
「まあ、無いよりはいいだろう」
膏薬の薄紙を丁寧に剥がし、身体をひねりながら背中に貼った。
しかし、思った場所には上手く貼れない。
貼り直そうと、身体をひねり、手を背中に回した。
「あっ・・・・手に貼り付いた!」
イカンともがいている内に、すっかり手に絡みついてしまった。
もう、使い物にならない位に丸まっている。
ん・・・・と少し作戦を考えて、再挑戦することにした。
最後の一枚だ。慎重に薄紙を剥がし、背中に貼った。
しかし、また位置がズレた。
一人で背中に膏薬を貼ることの難しさを知った。
私は満足ではないが、妥協し、我慢することにした。
少しだけスースーするが、肩凝りには効いてこない。
それどころか、ズレていることが余計に気になり始めた。
今度は、背中を鏡に映しながら、慎重に貼り直そうとした。
あっ・・・・膏薬はあえなく丸まってしまった。
思わず彼女を見た。
猫なら手を借りたいものだと思った。
彼女は、チラッと私を横目で見ただけで、自分の足を舐めている。
「お前の背中をいつも掻いてやっているだろうに・・・」
ぼやきながら、彼女が人間ではない事を悔しがった。
独り身というのは、本当に不便なものである。
背中の重苦しさが我慢できず、マッサージ屋さんに行くことにした。
最近は、簡単なマッサージ屋さんが、深夜までやっている。
ちょっと時間が遅い・・・間に合うか?
普段着のまま、車を走らせた。
まだ、明かりが点いている。
間に合ったと思ったが、予約客でいっぱいだと断られた。
現代人は肩凝りが多いなあとぼやきながら、自分も現代人だと思い込む。
万策尽き、諦めてトボトボと車を走らせた。
住宅街の角に、明かりのついた小さな行灯を見つけた。
よく見ると看板には「膏薬専門」と書いてあった。
こんなところに、こんな店があったのかと不思議に思った。
しかも、膏薬専門店である。
家にはもう膏薬はなかったので、買って行くことにした。
玄関には明かりが点いているので、まだやっているようだ。
ラッキーと思いながら、チャイムを鳴らした。
「はーい」と元気な声がしておばちゃんが出てきた。
「膏薬を欲しいのですが・・・」
中へどうぞと言われて、恐る恐る中に入った。
室内は、マッサージ屋さんのように、幅の狭いベッドがあった。
私は、幸運にもマッサージ屋さんを見つけたのだと思って喜んだ。
「上を脱いで、横になってください」
「何処が苦しいのですか・・・・」
私は、上着を脱いで、幅の狭いベッドへ横になった。
おばちゃんは、指で肩、背中、腰を指で押しながら聞いてくる。
「はい、わかりましたよ」
そう言って、小さな引き出しがたくさんついている、古めかしいタンスから、膏薬を取り出した。
おばちゃんは三種類程の膏薬を眺め、考えているようだ。
「これがいいわね」と独り言のようにつぶやき、私の背中に貼った。
「これで大丈夫」と言って、私の背中をポンとたたいた。
私は、「えっ、貼るだけ・・・」と驚いた。

私の驚いた顔を見て説明してくれた
最近は一人暮らしで、背中に膏薬を貼れない人が増えた。
それで、膏薬を貼ることだけのお店にしたのだという。
料金も膏薬代と手数料だけで、時間も10分位である。
この新商売に感心しているうちに、膏薬の効果が出てきて、肩の痛みが和らいでいった
自分で適当に貼るのとではずいぶん違うものだと関心をした。
おばちゃんの手は、母親のように柔らかくて、温かい手だった。
すっかりいい気持になって店を出た。
また来るときのために、店の場所を覚えておこうと周りを見渡した。
古い町並みは、懐かしさを感じるが、知らない通りだった。
確認しようと後ろを振り返ったら、膏薬屋の行灯はもう消えていた。




CGI-design