脳の考える仕組み

脳科学では判らない脳の考える仕組み
意識は人体を使って情報を集め、その情報で感動を得て、意識に記憶する。
情報を集める期間が人間の五感。情報を記録するのが脳の記憶脳。
情報を処理するのが脳の作業脳で意識の思考臓器である。
意識は処理された情報の結果だけを記憶する

企画の現場で解った「天舟流思考解体新書」


筆者は40年以上も現場で企画の仕事をしてきました。
アイデアが泉のように湧き出ることはなく、アイデアを出すために苦難の連続でした。そのお陰でヒラメキを自由に得ることができるようになりました。
やがて、歳を重ね引退の時期を迎えましたが、企画することの楽しさは止められる、日々企画三昧です。趣味で企画を考えると、依頼された仕事とは違い、自由に発想できます。制約のない思考は大きく広がり、好循環システムを構築します。その企画の内容はネットで公開しています。
でも、歳を重ねると脳の働きは遅くなります。脳の働きがイライラするほど遅いと感じるのと同時に、脳が何をしているのかが解るようになったのです。
それで、筆者の脳の使い方を公開しようと考えたのです。人の能力は計ることはできません。筆者の能力がどれほどのものかもわかりません。誰かに役に立つのかもわかりません。妄想なのかとも思います。でも、アイデアを開発できることだけは確かです。
ということで、誰かの役に立てばいいだろうということで書くことにしました。
筆者の「脳の解体新書」です。

発想は脳で生まれるのではない

近年の科学で人体の働きが詳しく解ってきました。
過去の考え方とはまったく違っています。
人間の心は心臓にあるなんてロマンチックな話ではありません。
脳も臓器のひとつであることが解ってきました。
そして各臓器にも脳のように判断する機能を持っていることも解ってきました。
それぞれの臓器が連絡し合い助け合って機能しているのです。
脳も臓器ということは、肉体を維持するために、自動的に動いていてくれているのです。
発想とはオリジナルアイデア
筆者の生涯はアイデア開発(発想)だけと言えます。
筆者のアイデア開発のツールとして使用していたメモ方法を本にする機会を得ました。
その中に、出版社に禁じられた発想哲学を匂わせました。
すると、読者の中の評価に賛同の意見が多数ありました。
それで、筆者と同じ発想方法をしている人がいることを知りました。
筆者はアイデアが必要になれば、ほぼ確実にアイデアを捻り出すことができます。
その方法をみなさんに伝えるのが難しい。どうしたら伝えることができるだろうかと考え続けています。
発想は熱意から生まれる
いいアイデアは研究室や企業にだけにあるわけではない。
全国のどこにでも素晴らしいアイデアがある。
そのアイデアで共通していることは、人を思う、地域を思う愛情で溢れていることです。
人に触れていないと絶対に解らない発想です。
愛情は
気付くだけで発想力がつく脳活用のコツ
頭が良くなりたいというのは筆者だけではないだろう。
多くの読者、いや本書を手にした全ての読者が思っていることだろう。
最初に断言しておこう。
本書を読み終えたら、あなたは確実に頭が良くなっている。
もっと正確に言うと、発想力が良くなり、アイデアがどんどん出てくるし、難題を解決することが出来るようになっているだろう。
もうアイデアは天才だけの特権ではない。
ちょっとした事に気付くだけでアイデアマンになれる。

人類に与えられた最高のパワー

この地上の中で一番成長の遅い人類。一人前になるのに10年以上かかります。
他の種なら確実に絶滅しているでしょう。
人類はこの地球上で、いや少なくても天の川銀河の中で唯一無二の種です。
唯一無二の理由は想像力、発想力を持っているからです。
想像力、発想力とは未来を見る力です。
この能力で巨大で凶暴は生物が棲む世界を勝ち抜いてきたのです。
恐竜の生態を知り、何処を通るのかが解れば罠にかけることができるのです。
この未来を見つめる脳力が人類を進化発展させたのだと思います。
時代は変わっても、人類の生き方は変わりません。
人類は発想力、想像力で生きているのです。
この力こそが「フォース」であり「感じて学ぶ」ものです。
誰もが持っているスーパーパワーを活性させましょう。
あなたの眠っているパワーを甦らせましょう。

知恵は意識が創りだす

頭が良くなりたい目的は知恵者になりたいのである。
誰からも頼りにされる、社長からも頼りにされる知恵者になるためである。
みんなは多くの脳科学書を読みまくったことだろう。

人間の本体は脳じゃない

人間の本体は意識である。
聖書で言えば、塵(宇宙の素)を集めて、自分に似せて身体を造り、最後に行きを吹き込んだ。神の息を持つのは人間だけである。
人間の意識は脳が作り出した現象と思っていること
脳の役割について古い学問のままでいること

発想の仕組み

発想は脳で考えると思っていますか?
脳は身体の機能を支える脳と思考を担当する脳があります。
私たちが使えるのは、思考のための記憶脳と作業脳だと言われています。
最新の観察機器で人間の部位の働きが正確に解るようになりました。
人間の行動で脳のどの部位が活性化しているかが解るようになったのです。音楽を楽しんでいるときは、脳のどの部分が活性化しているのかがわかります
また、読書をしているときは、脳の違う箇所が活性化されます。
だからといって、脳のその箇所を刺激すれば何かの能力が増すというものではないと思います。
例えば、犬は可愛がると喜んで尾を振りますが、尾を掴んで強引に振ってやっても犬は喜びません。
犬が尾を振るのは嬉しいからで、尾が振れるから嬉しいのではないのです。
では、思考は何処から始まるのでしょうか。
人間も精密なマシーンです。正しく知って、正しく使えばシステム通りに動いてくれます。
生命維持は精巧なシステムが仕組まれており、エネルギー補給と休息を適切に与えていれば、健康的に維持してくれます。
先にも書きましたが、人間の本体は意識です。
考えなければならないテーマが与えられると、そのテーマを認識するのは「意識」です。
意識は視覚、聴覚、味覚、触覚、臭覚の五感情報を脳から得て、判断する。そして、作業脳に意識を移し、記憶脳からデータを取り出し、思考を開始するのではないかと推察します
記憶脳のデータを駆使しても答えが見つからないときは、五感と身体を使ってデータを集め、脳内に情報の追加をします。
そうして、再度あらゆる組み合わせを行い、試行錯誤します。
科学的には解っていない思考の動きを予測する理由は、マシーンの使い方を理解して使っているのと、わからずに使っているのでは違うと思うからです。
使い方が解っていると思考がスムースに進むと思います。
マシーンの能力を最大限に引き出して思考するのです。
一般的には、この段階で結論を出して思考は終わります。
「この地域に支店を増やしましょう」
「この計画には資金的に無理がありますので撤退しましょう」
とか言った結論が出せるでしょう。
ここに重大な問題があります。
こんな答えならば、AIが出してくれます。
時代は進歩し、ビッグデータとAIの活用は当たりです。
プランナーの失業時代がやってきたのです。
通常の経営なら、AIがパーフェクトにやってくれます。
プログラムだって半自動化の時代です。
命令さえ与えれば、忠実に、高速に作るでしょう。
そうです。命令を与えれば・・・です。
AIには未来と哲学がありません。

筆者のアイデア開発奮闘記

集中力が高まると、脳が活性化します。
すると様々なアイデアが出てきます。
それを気にしていると、集中できなくなります。
そのためにも、突然浮かんで来たヒラメキを処理しなければなりません。
余計な神経を使わずに記録できる「超メモ術」が最適です。
超メモ術なら、思考を中断することなく記録することができ、あとで思い出すこともできます。

筆者の子供時代

筆者の思考方法を知るためには、筆者自身がどんな人間なのかを知らなければなりません。
それで、筆者の子供の頃を簡単に説明します。

筆者は老いた現在でも、アイデアなら負けないという自信があります。
だから、子供の頃はきっと神童とか呼ばれて、かしこい子供だっただろうと思っていました。
母親は子供のものは何でも取っておいてくれています。ある日、母親からもらったのは小中学校の通信簿でした。楽しみに開いて見ましたが、直ぐに閉じてしまいました。そこには、おそろしく勉強のできない子供の成績があったのです。
通人簿には担任の先生の評価が記入されています。担任の先生から親への連絡欄です。小学校1年生から中学3年生の学期毎の連絡欄には同じことが書かれていました。当然、担任は何人か替わったのに、同じ内容なのです。
「頑張ればできる子なのに、やる気を起こさないのが残念です」

三人兄弟の真ん中という立場をいいことに自由気ままに生きてきた気がします。
「長男のように当てにもされず、末っ子のように可愛がられもせず、何をやっても気にされることもない気楽な次男坊」と思ってきました。次男坊というのは、大体このような人が多いように思います。

意識の存在を自覚

筆者が最初に自分の意識を認識したのは、子供の頃の病院です。
病院が大嫌い、注射が怖くて、病院中を逃げ回る意気地のない子供でした。
少し大人になった頃、自分で病院へ行って逃げ回るわけにも行かない。

注射の怖さを克服する方法はないかと考えました。
考え出したのは、肉体と意識を分離することでした。

「注射をされているのは自分ではなくて、肉体なのだ」と自分に言い聞かせました。
すると、不思議なことにまったく痛さを感じないのです。

間違いなく自分の意識が第三者のように注射をされている肉体を眺めているのです。
意識が自分自身なのだと認識した瞬間でした。

この肉体と意識の分離作戦は活躍しました。
肉体的に辛いことがあると、意識を分離させます。
現在も注射は大嫌いなので、いつも意識の分離で乗り切っています。
意識は幽体離脱したかのように肉体を俯瞰しているのです。

この時以来、意識が自分自身であると自覚し始めました。
それ以来、自分の存在は肉体にではなく、意識の中にあります。

解りにくい話ですが、みなさんも体験していると思います。
例えば、眠っていて夢を見ていて、夢の中でも自覚はあります。
その時はしっかり身体が存在していて、行動をしています。

また、目をつぶって考え事をしているときは、肉体の存在を忘れています。
勉強や読書に熱中しているときも、肉体の存在は忘れています。
このように意識だけの時というのは結構体験しています。

意識に主体を移すのは難しいことではなく、解っただけで大丈夫。
今からあなたは意識にあなた自身が移行し始めています。
このチョットしたことで思考の流れが変わります。

意識の作業は幽体離脱

それは高校生の時に体験した。
筆者が高校時代、一年から三年の三年間を学校の放送部に所属していた。
放送部の仕事は、学校行事の音響係である。
学校行事の他にも運動部の大会など数多くある。
学校の授業の予定に関係なく、大会があるので、授業を抜け出して担当することもある。
放送部の特権で授業を受けていなくても出席扱いされるということを知ってしまった。

大会の音響担当といっても、当時の学校の粗末な機材で行う。
特にマイクのコードが大変なのだ。
マイクのコードは一本が10メートルで両端に雄と雌のコネクターが付いている。
このコネクターを接続させて一本の長いコードにする。
そして、50メートル程離れたマイクと機材とを繋ぐ。
そのマイクが八本程になると、機材からステージまではコードが絡みあいながら大蛇のように這っている。
プロ用の機材ならば、堅牢なコードや10本分が一本になったケーブルを使うのだが、貧乏な高校の放送局にはそんな高価な機材はない。

だから放送部の男子の役割といえば、コードの修理である。
規格ギリギリの細いコードを乱暴に扱うものだから、断線は当たり前のように起こる。
大会当日に早めにセットしてテストをし、万全の体制で望むのだが、突然の変更は起こる。
そして、運営中に突然マイクが入らなくなる。
原因は判っている。何処かのコネクターが断線を起こしたのだ。
男子部員がコードに添って走り、確認していく。怪しいコネクターはドライバーでバラし、結線を確認する。コネクターの数は50個以上になる。
時間との勝負で直していく。リーダーの指示が飛び、部員が行動する。
こんな芸当をしながら乗り越えていく。
終わった後は反省会を兼ねながら、コードの修理をする。

ある大会の時だった。
マイクは10本以上。機材からマイクまでの距離は30メートル。
コネクターの数は60個を越える。
行事が始まってまもなく、例の如くトラブルが起きた。
マイクのコードは客席に近く、コネクターのチェックもままならない状態だった。

そのとき筆者はリーダーだった。
スタッフの人数も少なく、動きの取れないまま必死に考えた。
その時、筆者の意識はマイクコードに添って移動していた。
まるで幽体離脱したかのようだった。

一本一本探っていき、コネクターの中を透かして見てるように確認している。
意識の中では見えていたのだ。

そして叫んだ。「5番の3本目のコネクターを調べろ」
驚いたことにドンピシャだった。すぐにコードを取り替え事なきを得た。

筆者はこの時に意識の存在に気が付いたのだ。
肉体とは別に意識がある。
それは肉体と変わらない。
透明の肉体のような感じだった。
しかし若い時というのは、それが不思議なことではなく、当たり前のように思っていた。

筆者だって若い頃は天才のような記憶力を持っていた
中学生の時に始まった「ラジオ製作」の趣味。
当時は古道具屋で故障した中古のラジオを買ってきて、それをバラして部品を集めた。

今はAKBで有名になった秋葉原はジャンク屋街だった。
全国のラジオ製作マニアにとって憧れの聖地である。

筆者の住んでいるところは田舎なのでジャンク屋という気の利いた店はない。
ラジオを組み立てる土台となるシャーシーも、お菓子の空き缶で代用する。
当時は八畳間が自分の部屋であり、工作室だった。
最初は部屋の入口に一番遠いところに座って、雑誌の配線図を片手にラジオを君立て始める。
古い部品箱を横において作り始めるが、すぐにその場所は足の踏み場もなくなる。
そうなると少し後退りする。そうやって入口辺りになった頃にラジオは完成する。
組み立てている途中で、必要な部品が手元にない。
誰が見てもゴミ箱をひっくり返したような部屋の中から、おもむろに必要な部品を探し出す。
筆者の頭の中には何処に何があるかは記憶されている。
別段記憶しようとしている訳でもないが、自然に記憶されてしまう。
これは特段驚くことでもない。若い頃なら誰でも同じような経験を持っているだろう。

「本は積ん読くものだ」

若い頃というのは、記憶力が良くて、自分は天才だと思っていた人もおおいでしょう。
筆者も記憶できることは当たり前だと思っていました。
中学性の時、ラジオ工作という趣味にはまり、毎日のように組み立ててはバラし、また新しい回路を考えて組み立て、成功するとまだバラして部品に戻すという工作をしていました。
読書と言えば、マニュアルのような本ばかりを買っていました。
でも殆ど読むことはなく目次に目を通したら、後は棚に積んでおくだけでした。
それでも知りたいことは本を選び必要な記事を探すことができました。
これが当たり前だと思っていました。

友人で電子機器を製作している人がいます。
彼の事務所は部品で埋まっていますが、何処に何があるかはわかっていると言っています。
職人技とはこんなことを言うのでしょうね。
テレビのコメンテーターでメモは書いたことがない。
すべて頭の中に入っていると言ってましたね。
でも、中々思い出せなくて結構つまずいていました。
本当に自分の能力も、他人の能力も計ることはできません。
さらには、それぞれ得意分野があるので、何を持って頭が良いとするのか難しいです。

想像力で資料探し

企画立案に欠かせないのは資料集めです。
どんな資料が必要か?
その資料は何処にあるのか?

新たなものを探すわけだから、脳内の記憶にはない資料です。
脳の記憶にないものを補う力は想像力です。

筆者の思考方法はトライアングル思考法を主として使っています。
トライアングル思考方法は先に目標設定して、目標に向かって作業を進めていくという方法です。
科学などで仮説を立てて検証していくのと同じです。
詳しいことについては「トライアングル思考法」のページで詳しく書きます。

まず最初に検証に必要な資料は何かを考えます。
基本的に資料がないと言うことは考えにくい。
資料のありそうなところへアプローチします。
そこに資料がなくても、資料に近づくための情報は得られます。
そうして、情報に近づいていきます。
最初は中々良い情報は得られませんが、核心に近づいてくると情報の精度は一気に上がります。

日本の何処かにあるのなら、必ず探し出してみせるという気概がありました。
今はネットがあるので核心に近づくのは楽ですね。
その代わり競争相手との差別化が難しくなっています。

資料探しで大事なことは「自分の勘」です。
ネットや安易な情報に頼っていると勘は鈍っていきます。
勘を支えるのは探究心とハングリー精神です。

最新の人体科学

人体の最新情報を知ったときに、意識の存在に確信を得ました。

それまでは、意識は脳が作り上げたものと思われていました。
人間の中で脳が一番偉いのだと教えられていました。
ところが、脳も臓器のひとつであるというのです。
「やっぱり!」と思いました。

人間の本体は意識なのです。
肉体は意識をサポートする道具のようなものだと思いました。
記憶するにも意識には記憶部位がありません。
脳の中の記憶脳に記憶しておきます。
計算するにも意識には計算機能がありません。
だから、計算したり情報処理するのに、脳の中の作業脳を使います。

景色を見たり、本を読んで情報を得るには目を使います。
このように肉体は感情のためのインターフェースだと考えるとすべてのつじつまが合うのです。

では意識は何をしているのでしょうか。
意識の担当は感情だと思います。
嬉しいこと、悲しいこと、愛したこと、苦しいこと、怒りを感じたこと、感謝したこと、感動したことなど肉体を通して得られるすべての感動です。

人間が求めているものは感情です。
幸福感、満足感、優越感、達成感等々は意識で味わう感情です。
自分自身とは感情を得るための意識だと思ったのです。

イギリスの理論物理学者スティーブン・ホーキング博士は肢体不自由で車椅子に乗った科学者ですが、「私に不自由なことは何もない」と言ったことが印象的でした。
意識があって、使える脳があれば思考するのに不自由はありません。
ホーキング博士の言葉が理解できるような気がします。

こうして筆者の意識に対する考え方は明確になっていきました。

遂に思考の動きを見つけた筆者の体験談

筆者の意識の思考術

ここに紹介するのは筆者がいつも行っている思考方法です。
術と書いたのは、科学的にも、常識的にも説明はできませんが確実に効果の出る方法です。

筆者はこの思考術で10年間アイデアに詰まることなく、実際にやってきた方法です。
現在も絶対にアイデアは出せると自信があるのは、この思考術があるからです。

この思考術は特殊なものではなく、人間が本来持っている思考方法なのだと思います。
いままでの発想法や思考法等々は脳で考えると思っているからだと思っています。

人間は脳で考えるのではなく、意識で考えるのだと思えば不思議なことではないと思います。

科学はわかったことだけしか認めないところがあります。
ところが科学で解明できていないことは星の数だけあるでしょう。
脳の中の思考の動きなどは科学で証明できるものではないと思います。
筆者は意識が脳を使った時、脳に使われた形跡が残っているのを観察しただけと思っています。
この考えは科学的ではありませんが、自分自身を観察していて感じることです。

世界同時に起こるヒラメキ

世の中を大きく進歩させた大発明は、なぜか世界各地で同じような発明が同じような時期になされています。
これは発明に関する本を読むと良く出てくる話です。
同じ構造の人間だからこのようなことが起こるのでしょうか。
そうだとすれば、すべての人が同じアイデアを考えていたはずです。

また、発明はヒラメキだけでできるわけではありません。
一つのヒラメキが発明品になるまでには多くの人と偶然が重なり合わないと実現しないのです。

例えば、研究する場所、実験する設備、頼りになる助手、資金を出してくれるクライアント、アドバイスをくれる友人、試作を手伝ってくれる技術者、生活を支えてくれる人、手続きを協力的に進めてくれる役人、商品を売ってくれるバイヤー、商品売り場を提供してくれる商店主、買ってくれるお客様、感想を言ってくれるお客様、好意的に報道してくれるマスコミ等など多くの人たちが関わってくれて完成するのです。
ヒラメキは発明の切っ掛けでしかありませんが、このヒラメキがなければ発明は生まれ育ちません。
小さなヒラメキの種は世界中に蒔かれなければ、この世に発明品といて出てくることがないのです。

カイゼンも発想力が必要

ビジネスの中で行うのなら「カイゼン」で充分だと思います。
世の中には「カイゼン」が必要なことがたくさんあります。

●カイゼンは発想ではない

世の中には様々なアイデア開発手法が発表されています。
それはコンピュータ回路で処理できるようなシステム思考法です。
同じ材料(情報)で同じ調理(情報処理)をすれば同じ料理ができます。
これではアイデアと言えません。

アイデアとは唯一無二のオリジナル発想です。
アイデアを発明とするならば、実用新案にしかなりません。
カイゼンにはなりますが発明にはなりません。
ここで紹介するのは、「すべての基礎になる発明的発想方法」です

神様は最高のクリエーター

何度も神様にお願いした。
でも、その結果は考えもしなかった最高の結果を出してくれる。
自分のアイデア(お願い)は、チンケであったことを思い知らされる。

実際の体験でこんなこともあった。
企業イベントを請け負った時のことである。
企業あげての、野外ビッグイベントの第一回目のことである。
初めてのイベントなので出し物も少なく、知名度はない。

しかし、大盛況であった。
予定していた3日分の海産物は初日で売り憂くした。
社員総出で、スーパーや市場、そして漁組に掛け合い、絶対に出せないという在庫を残らず出してくれた。
このイベントで街中のイカ、エビ、ホタテを食い尽くしたことになった。

天候に恵まれたイベントも午後からは雨が降るという予想だった。
筆者は祈るような気持ちで空を眺めていた。
市内には雨が降ったが、会場には一滴も降らなかった。
それどころか、この時期では珍しい快晴で暖かかったおかげで三日間のイベントは大盛況に内に終わった。

話はここで終わりません。
翌年のイベントは記録的な暴風雨だった。
まるで台風の様な天候だった。

しかし、昨年の成功もあって、暴風の中でもお客さんは来てくれて、予定の売り上げを維持した。
そして、第三回目のイベントが開催された。

開会式の主宰者の挨拶は忘れられない。
「私たちは、記録的な暑さも経験した。そして、記録的な暴風雨も経験し、大成功を収めた。もう、どんな天候になろうとも大丈夫です」

この三年の経験が、最高の自信をもたらしてくれた。
筆者は思った。「神様の計画は凄い」

神様へのお願い

筆者は何度も苦しみながら、崖っぷちでアイデアを創りだしてきた。
そして、何度もヒラメキに助けられてきた。

筆者は神様が助けてくれたと思っている。
なぜなら、そのヒラメキは自分の発想の中になかったものだからである。
そして、苦しみ、絶望の淵に立ったときにヒラメキは現れる。
筆者は同じようなことを何度も体験しているので、どの段階になったら神様が知恵を授けてくれるのかを知っている。

だから時々こう思う。

「神様、お願いだから少しだけで良いから、アイデアを早めに授けてください」

苦しまなければ授けてくれないことは解っている。
必ず、授けてくれることも解っている。

仮説:意識で思考する

思考は人間が行う最も特徴的な行為です。

しかし、何処で、どのようにして行われているのかはわかっていません。
この思考を解明して、どのように使うと良い結果を得られるかを考えてみたいと思います。
科学で行われる仮説を立てて、検証してみたいと思います。

人間の考える機能を持っているのは脳か意識です。
意識は脳が作り出したものという説もありますが、科学的にはまったく解っていないことです。

人間に「意思」というものが存在するということは誰もが自覚するところだと思います。
命と同じで、見えないけれど存在はしていることはわかります。

思考力を高めるためには、何処で思考が行われているのか、どのようにして思考は行われるのかということを知らなければなりません。

筆者は思考は意思で行われているという仮説を立てて検証してみたいと思います。

●解らないことばかりの脳と意識

多くの思考やアイデアに関する書籍があります。なんとか法というシステム化された思考方法は情報処理方法なので、アイデア開発とは別なものとします。

本書はヒラメキによるアイデア開発に絞ってお話しします。
意識、気、魂等々言い方は色々ありますが、意識という存在に注目してみました。
脳科学では思考の結論を得ることはできません。
私たちがどのようにして考えているかを知らなければ、考え方を発展させていくことはできません。
そこで筆者は意識が思考の本体だし、私自身だと想定し、思考を考えてみました。

この考え方は決して新しいわけではなく、感性が主体の芸術や文化の世界では当たり前のことだと思います。
思考も感性と同じように意識・気・魂が行っている作業だと想定しました。
そうすることによって、筆者が研究してきた思考方法のつじつまが合うのです。

今までは、意識というのは脳が作り出したものであると言われてきましたが、それでは納得できないのです。
発想力や記憶力を向上させるためには脳トレが有効だというのが一般的な脳科学の話です。

「私は脳の中にはいません」

秋川雅史さんの「千の風になって」の歌詞で「私はお墓の中にはいません」と歌っているように、私は脳の中にはいないと思うのです。
脳が私を作り出したのではなく、私が脳を使っているのだと思うのです。
私自身は意識です。
意識ですから、見ることも、聞くことも、味わうことも、嗅ぐことも、触れることも、話すこともできないのです。私自身が脳を通じて五感の情報を知ることができ、悲しんだり、喜んだり、怒ったりといった感情を体験することができるのだと考えました。
さらに、体験したことを記憶脳に保存し、作業脳を使って思考をするのだと考えました。
作業をするときには机が必要なように、情報を処理して思考するためには作業脳が必要だと考えました。
様々なことから得られる、喜びや感動や悲しみや怒りなどの感情は記憶脳には保存できません。
感情を保存できるのは場所は意識・気・魂等です。

人間にとって一番大切なものは意識・気・魂などが行っています。肉体は意識の道具なのだと考えました。
そう考えたとき、思考方法のすべてが見えてきますし、今までの自分の中で起きていることに納得ができるのです。