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空想企画小説「メビウス」

  1. Japanese idea development method
  2. ★第一章 メビウス編(新しい思想の発見)
    1. ■深夜のオフィス街
    2. ■深夜の公園のベンチ
    3. ■不思議な老人との出会い
    4. ■メビウス思考との出逢い
    5. ■メビウス思想国家
    6. ■メビウスの輪
    7. ■個性の価値の再認識
    8. ■メビウス思考で家庭が変わる
    9. ■メビウス思想で教育が変わる
    10. ■家族の復活で少子化現象は終わった
    11. ■古代クラゲと分業
  3. ★第二章 プロジェクト編
    1. ■好循環システムの秘密
    2. ■最初の出会いはカルパの郷
    3. ■すべてはハイパーセンターから始まった
    4. ■水源の重要性
    5. ■多機能メインホール
    6. ■地域によって特徴あるカルパの郷
    7. ■多彩な顔を持つカルパの郷
    8. ■ホテルの宿泊飲食分業で事業拡大
    9. ■ホテル分業で生まれた魅力的なレストラン街
    10. ■カルパの郷は24時間型の街
    11. ■料理人の育成支援システム
    12. ■カルパの郷は巨大で高度な医療センター
    13. ■カルパの郷の高度医療機関
    14. ■カルパの郷のスーパードクター
    15. ■介護スタッフ確保の仕組み
    16. ■高齢者専用住宅街
    17. ■防災体制の強化の家
    18. ■高齢者専用ラジオ放送で避難指示
    19. ■日本式農業を活かす農家とおしゃれな直売店
    20. ■ふれあい多目的広場
    21. ■世界と繋がっているビジネス展示場
    22. ■カルパの郷の警備体制
    23. ■全国周遊豪華列車プロジェクト
    24. ■歩行者を守る鋼鉄安全ポールと世界貢献
    25. ■情報カフェプロジェクトと高齢者生き甲斐プロジェクト
    26. ■情報カフェプロジェクト
    27. ■高齢者の生き甲斐プロジェクト
    28. ■最後の夜
    29. ■人間とロボットの関係
    30. ■カルパの郷の誕生
    31. ■カルパの郷の意味
    32. ■世界経済の苦悩
    33. ■新しい投資ルールの誕生
    34. ■地方自治体が変わる
    35. ■カルパの郷を支えるハイパーセンター
    36. ■カルパの郷の運営システムの秘密
  4. ★第3章 プロジェクト編
    1. ■地方移住促進プロジェクト
    2. ■小さなアイデアで地域振興と開発途上国の自立支援
    3. ■アイデアだけで開発途上国の自立支援と世界平和
    4. ■家庭用シェルタープロジェクト
    5. ■救助隊プロジェクト・フェニックス
    6. ■人材の確保と訓練
    7. ■フェニックス救助隊の活動
    8. ■大災害に備えた救助機器の開発
    9. ■災害・防災・防疫・復興等々に関する研究機関の設置
    10. ■エリア救助隊基地
    11. ■国際組織として総裁誕生
    12. ■別れの日
    13. ■終わりに

Japanese idea development method

                    
                              著作 空想企画小説作家 はこび天舟

■はじめに

ひとりの青年が首相の特命を受け、新しい経済システムを探すために世界を旅した。今、世界は出口のない不況の中にあり、我が国もデフレからの脱却で苦しんでいた。報告しなければならない期限も迫っているが、解決策はいまだに何も見つかっていない。青年は疲れて、深夜の公園のベンチで眠り込んでしまった。
人の気配を感じて目を覚ました青年の前に不思議な老人が立っていた。
青年は老人に案内されてメビウス国を旅する。
そこは災害や不況を克服した素晴らしい国だった。
この方法なら我が国は救われると感じた青年は、どん欲に国中を見て回った。

この物語は、メビウス国という不思議な国の国づくり物語である。
メビウス国は、災害と景気低迷で国は崩壊しようとしていた。ところが、不思議な出来事から新しい国づくりが始まった。地方から経済復興がおこり、全国を繁栄させ、若者から老人まで豊かで安全で健康で生きがい溢れる国。世界の片隅にあった小さな国が、世界に貢献し、世界をリードする国になった。
新しい国づくりには、新しいアイデアが不可欠だ。新しいアイデアは、古い価値観からは生まれない。価値観が変われば、新しいアイデアは泉のように湧き出てくる。
本書は空想企画小説ではあるが、夢物語ではない。すべて実現可能なプランである。不可能に思える企画であっても「目標」が見えているならば、実現する方法は必ず見つかるだろう。本書が誰かの国造りアイデアの切掛けとなれれば幸いである。

            空想企画小説作家 はこび天舟

■メニュー

新しい思想の発見
比較をしない価値観の発見
好循環システムの秘密
地方から発展する「カルパの郷」
小さくて豊かな地方自治体の実現
地方自治共同の街
特色あふれる全国12ヶ所のカルパの郷
高度医療の街、高齢者介護の街、終の棲家の街
ビジネスと展示場ネットワークの街
グルメとホテルとイベントの街
カルパの郷を支えるハイパーセンターの秘密
カルパの木の物語
ホテルの分業化(宿泊と飲食)で街が活性化
豊かな小規模農家の高品位農産物の実現
地方移住促進するプロジェクト
歩行者の安全確保と国際貢献プロジェクト
発明の国促進と国際貢献プロジェクト
高齢者の生きがいと情報浄化プロジェクト
あらゆる災害に強い家庭用シェルタープロジェクト
全国をカバーする救援備蓄センター
被災者ゼロを実現するフェニックス救助隊基地プロジェクト
新しい国際秩序の国際救助連盟誕生

★第一章 メビウス編(新しい思想の発見)

■深夜のオフィス街

コッ コッ コッ コッ・・・・
ビルの谷間に靴音だけが響く。黒っぽいスーツを着た男が足早に歩いている。このオフィス街は歓楽街とは違って人通りは少ない。夏にはまだ早いが、風もなく少し蒸し暑い。男は歩きながら自分の靴音を注意深く聴いている。自分以外の靴音が聞こえはしないかと用心しているのだ。こんなことも、すっかり身についてしまった。やがて明るい大通りまで来た時、男は立ち止まってため息混じりの長い息を吐いた。「ふう・・」そして、チラッと後ろを確認し再び歩き始めた。少し安心したのか靴音は心持ち軽くなっていた。
服部晋介43歳、国家公務員。政府の官邸勤務で調査を担当するエリート官僚である。彼の調査テーマは未来の経済システムだ。最近は国内でも国外でも様々な問題が勃発している。世界経済の低迷はもう10年にもなる。その間に経済復興の様々な試みが行われたが、今もデフレに向かう勢いは留まることを知らない。デフレは悪魔のように囁き続ける。「安く買えることは良いことだ」と。儲からないビジネスのため、労働者の賃金は下がり続け、国民の疲弊により国内市場は冷え切り、いまもデフレ地獄からの脱出できないでいる。学者や評論家は資本主義経済の限界がきたのではないのかと囁いていた 。不況による国民の不満は政治を変えようとしている。国民には民主主義と社会主義の二社選択しかなかった。迷走する政府を社会主義者がじわじわと追いつめ、そして社会主義が台頭してきた。このまま経済が衰退を続ければ、やがて社会主義が世界を支配するだろうと思われた。晋介は官邸の指示で解決策を探すために大学や研究機関を訪問し続けているが、未だに答えを見つけられないでいる。経済低迷は我が国だけの問題ではなく、世界中が解決策を探している。世界には経済低迷を国家侵略によって解決しようと考えている国もある。晋介の行動は、そんな国や組織から監視されていたのだ。彼らは晋介に新しい社会システムや経済システムを見つけ出されては困るのだ。そんな情勢だから日頃から身辺の不安を感じている。だから、毎日を用心深く過ごすようになったのだ。トップに報告しなければならない日も近いというのに答えはまだ見つかっていない。だけど晋介は答えなんて何処にもないのだろうと半ば諦めている。もし答えがあるのなら、世界の何処かにその兆候くらいは現れるだろう。晋介はその兆候さえ見つけることはできないでいた。無い物を探しているような虚しさを感じ始めている。だから、疲れ方がハンパないのである。

■深夜の公園のベンチ

晋介はビルの谷間の公園の大きな木の下の木製のベンチに腰をかけた。晋介はこの木製のベンチが好きだった。鉄製やプラスチック製とは違って、晋介の身体を優しく受け止めてくれる。身体を落とすように腰かけた晋介はスーツのポケットからごそごそとタバコを取り出し、オイルライターで火を着けた。シュボッという音を立てて火が着いた。オイルライター独特の甘い香りが鼻先をくすぐる。晋介はオイルライターの蒼白い炎とオレンジ色の炎が絡み合うのが好きだった。この絡み合い方が毎回違う。それを運勢占いのように自分流で解釈をする。そして「今日はいい運勢だ」と、自分を奮い立たせるのだ。
タバコに火を点け、遠い街の夜景に向かって、勢いよく煙を吐いた。街の夜景がタバコの煙にかすんでいく。「疲れたなぁ」と小さく呟き、ポケットから携帯灰皿を取り出し、少しだけ吸ったタバコの火を消した。溜まった疲れが一気に出てきて、タバコを吸っているのも辛かった。晋介はカバンから手帳を取り出し、殆んど黒く塗りつぶされた訪問者リストを眺めた。トップへの報告のことを考えると憂鬱になった。でも、やるだけの事はやったという、言い訳がましい思いもあった。今夜は夜景の灯りがはっきりしている。空を見上げると星がいつより煌めいている。何故だろうと夜空を見渡した。月が出ていないのだ。そうか今夜は新月なのかと思った。晋介は、ぼんやりと夜景を眺めているうちに、ついウトウトと眠ってしまった。

■不思議な老人との出会い

晋介は人の気配にハッと目を覚ました。ベンチに座っている晋介の前に一人の老人が立っていた。まだ意識がはっきりしていない晋介は怪訝な顔で老人を見上げた。その時、街がかなり明るくなっていることに気づいた。どうやら朝まで眠り込んでしまったらしい。老人が晋介の顔を覗き込んでいる。その老人の眼差しはとても優しかったので、晋介は少しホッとして笑みを返した。老人は優しく話しかけてきた。
「相当疲れているようだね。頭の中が疲れているときは、誰かと話しするといいのだよ。どうだい、少しワシと話でもしてみないかい?」
突然の申し出に晋介は少し戸惑った。疲れの所為なのか、寝起きの所為なのか、頭の動きが鈍い。というより、考えるのも面倒に思えたのだ。
「そうだよなぁ。頭の中がパンパンだよ。誰かと話をするのも気分転換になるかも知れないなぁ。この老人なら話しても心配もなさそうだし・・」
そう思って、晋介は老人の申し出を快く受け入れた。
老人は歩きながら話しましょうかと言って、先に歩き始めた。老人とは思えないほど歩くのが早い。晋介は慌てて老人の後を追って、歩き始めた。。
やがて、河川敷の土手まできた。土手の上を歩くなんて学生の時以来だ。散歩するのに陽射しが心地良かった 。こんなにリラックスした気持ちになったのも久し振りだった。晋介は立ち止まって、大きく深呼吸をした。身体中に気力が満ちてくるのを感じた。
すっかり眠気から覚め、元気になった晋介は老人に沿って歩きながら、自分のことを簡単に紹介し、新しい経済システムを探していることを話した。
老人はどうして新しい経済システムが必要なのかと聞いてきた。
晋介はちょっと返答に戸惑った。大学時代の友人にこの話をするといつも面倒臭い奴だなぁという顔をされる。一般人はおろか、事業家でさえ新しい経済システムの必要性を感じていない。だから、他人に経済システムの話をした事などはなかったのだ。晋介は老人が気を使って聞いてくれたのだろうと思った。老人がこんな話を聞いたところで解らないだろうと思いながらも話し始めた。
現在の資本主義経済は最初から完成したシステムではないこと。基本的には仮想貨幣経済であること。今の経済システムが多くの貧困国を作り出している事。富の集中が起こり、世界中に格差が生まれ、それがどんどん拡大していること。貧困を理由に世界中でテロが起きていること。限りのない経済活動が自然を破壊し、私たちの住んでいる星自体が危ないとも言われていること。資本主義経済に変わるものとして社会主義経済しかないこと。理念のない自由主義と矛盾を抱えた社会主義しかないこと。世界不況で経済戦争が起こり、遂には武力戦争にまで発展しそうな可能性もあることなど。今まで思い詰めていたことを吐き出すように話した。晋介は自分が愚痴をこぼしているだけのようにも思えた。それでも、老人は楽しそうに聞いてくれている。それだけでも張り詰めていた気持ちが和らいだ。

■メビウス思考との出逢い

国太郎の話を黙って聞いていた老人がポツリと質問をしてきた。
「ところで、川の水はどうして流れるのかな?」
晋介は質問の内容に戸惑った。
「水は上流から下流、つまり高い所から低い所に流れるのですよ。」と答えたが、自分ではトンチンカンなことを言っているようで、困惑した。
「おや、本当かい」
「子供でも知っていることだよ。ほら、あの川だって」そう言って、傍を流れる川を見た晋介は言葉に詰まった。いつもなら雪解け水で水量が増えているはずなのに川の水は流れていない。といっても澱んでいるわけでもない。それどころか、奇妙に澄んでいる。晋介は不思議に思って、老人の方を振り返った。老人は相変わらずニコニコ笑っているだけだった。老人は足元から石を拾い上げ、晋介に見せて言った。「さあ、この石は大きいかね?」晋介は言われている意味が理解できず、混乱していた。それでも改めて老人の手に握られている石を見て言った。「その石は小さいですよ」老人はニヤッとした顔で何故と聞いてきた。晋介はこの老人の言っている意味がますます解らなくなっていた。晋介は改めて考えた。この老人が拾った石はどう見ても小さな石だと心の中で確認した。 すると、老人はもう一方の手を開いて見せた。 そこにはもっと小さな石が握られていた。晋介は、なんだ、そういうことだったと思い「その石と比べれば大きいですね」と笑顔で答えた。すると、老人は足元にある大きな石を見て言った。「私の持っている石は大きいですか?」ますます意味の解らない質問に晋介は少しムッとした。「その石と比べれば小さいですよ」と不機嫌な声で言った。しかし老人は晋介の態度を気にする様子もなく、さらに質問をしてきた。「この石は大きいのですか?小さいのですか?」晋介はちょっと苛立った。「だから、比べるものによって大きくもあり、小さくもあるのですよ」と語気を強くした。老人はニヤッと笑みを浮かべて言った。「なぜ比べるのですか?私はこの石のことについて聞いたのですよ」と言った。晋介は老人の言っている意味が益々わからなくなった。そして、からかわれているのかと思った。晋介の怪訝な気持ちに構わず、老人は話し始めた。「この世界では・・」「えっ、ちょっと待ってよ。この世界はってどういうこと?」晋介はそう言いながら周りを見渡した。何も変わりはないようだが、何かが違うということは感じられた。「おじいさん、これってどういうこと?」老人はやっと気が付いたかと話しはじめた。ここは新しい価値観で成り立っている世界だという。その新しい価値観が新しい世界を創り出したのだという。晋介は混乱しそうな自分を必死に落ち着かせようとした。続けて老人は新しい理念について話しはじめた。

■メビウス思想国家

老人の話は次のようなことだった。ここの世界も晋介の世界と同じようなものだった。拝金主義がみんなの生き方になり、お金が神となった世界だった 。拝金主義は世界に数人の大金持ちを生み出した。彼らは巨大なお金の力で世界を操り始めた。 社会は好景気と不況が繰り返され、その度に国民の富は彼らに吸い取られていった。さらに彼らは世界の平和までも動かしはじめた。世界中で戦争が起こり、莫大なお金と人々の血が無駄に流された。彼らは自らが仕掛けた争いの中からも利益を得ていた。それから、彼らは健康までもお金を得る手段として利用した。新しい病気が生まれ、そして新しい薬が開発され、国民は治らない病気のために薬を買い続けた。だから国民は決して豊かになることはなかった。しかし、それでも自分たちは豊かだと思い込んでいた。それは、彼らより貧しい人たちが必ず存在していたからである。彼らに比べれば、私たちは幸せだ。と・・・
世界は大きく二分されていた。民主主義と社会主義だ。互いに選ばれた人間がそれぞれの国を支配していた。彼らは紙幣を大量に刷り、それをばら撒いて景気を装った。国民は豊かになるために、幸せになるためにお金を得ようと頑張った。ついには、友情も信頼や生き甲斐までもお金で買うものになっていた。数百円も支払ってネットでダウンロードすれば、どんな幸せでも簡単に味わえることができた。いつでも素敵な彼女や彼氏と逢うこともできた。いつでも冒険に行けたし、何度でも生き返って英雄になることもできた。みんなは現実世界とバーチャル世界との区別ができなくなっていた。
現実社会で追い求めている紙幣が、バーチャルであることにも気付かない。資本家はあらゆる方法で国民を洗脳した。国民の価値観や判断、さらには正義感までも彼らに操られていた。そんなことには誰も気づくことなく、与えられた幸せに満足していた。
しかし、薪を燃やせば灰が残るように、人類が利益を貪った後には廃棄物が残った。人類は大自然が勝手に処分してくれると思い込んでいた。海に廃液を流し、大気に排気を吐き出し、地底に残留物を埋め隠した。やがて私たちの惑星が悲鳴を上げ始めた。天候異変が始まり、地震や落雷や台風や洪水が始まり、農作物も獲れなくなった。世界を牛耳る一部の支配者は、この不幸な出来事すら金儲けのチャンスとした。我が惑星を救うためだと、自分たちに都合の良い理論を振り撒き、金儲けの手段とした。その理屈は学者、知識人、タレント等を通じて正しいものとして広げられた。それらの怪しい情報は大方の国民に信じられた。日常から情報収集も、その判断も自分ではすることなく、マスコミに頼り切っていたからである。しかし、インターネットの普及でマスコミ情報に疑問符が付くのだということが広まり始めた。いったい、何処に真実があるのか?世の中は混沌とした。さらに不安を煽るように大災害が世界各地で起きた。マスコミはチャンスとばかりに災害報道で煽って視聴率を稼いだ。マスコミは特別番組を組み、小さな事実を集めて、大きなニュースを作り上げた。大学の教授や知識人が集められ、マスコミに指示された通りのコメントをした。視聴率が上がるというだけの理由で、人気が上がるというだけの理由で、たったそれだけの理由で国民を欺き続けた。

■メビウスの輪

そのうち惑星の軌道に異変が起き始めた。いよいよ最後の時、私たちが自分の惑星を自らの手で破壊する時が近づいたのだと思った。ビッグムーンという大きな月が夜空に輝いていた。月の軌道が変わり、惑星に近づいているためだ。やがて日食がはじまった。太陽に大きな月が覆いかぶさり、暗闇が始まった。この暗闇は終わることはなかった。いよいよ異変が始まったのだ。三ヶ月も経った頃から大きな月は少しずつ移動しはじめた。そして、久しぶりに太陽が顔を出した。人々は光が戻って来たと喜んだ。しかし、またすぐに大きな月は太陽を覆い隠し、再び暗闇が始まった。このような現象が繰り返された。世界は食糧難と不況に喘いだ。数年も経った頃、太陽が再び顔を出した。でも、人々の心には諦めの気持ちがあった。
「どうせ、直ぐに太陽は隠れてしまうだろう」
国民は恨めしく空を見上げた。でも、その時はいつもと違っていた。月と太陽がどんどん離れていく。そして、太陽の全体が顔を出したところで、また異変が起きた。太陽フレアが起こったのだ。太陽フレアとは太陽の表面で起こるガス爆発のこと。そのガス爆発は太陽が大きな炎を吹き出す現象である。今まで起きたことがない巨大な炎は太陽全体を覆った。このガス爆発の巨大なエネルギーは月の裏側に衝突し、強烈な光を放ち、月の周りを照らした。人々の目には太陽のフレアの光と月の光の輪が繋がって見えた。それは、無限記号のようだった。明るくなった大空に大きな無限記号が輝いている。人々はあまりの異変に空を見上げた。そして誰かが大きな声で叫んだ。
「メビウスの輪だ」
人々は光り輝くメビウスの輪を見上げた。それは神々しいくらいに輝き続けた。異変の中の異変に微かな希望を抱いた。
何かが変わる・・・・
やがて太陽と月は正常な軌道に戻り、普通の日常に戻った。それでもメビウスの輪の光は人々の心に鮮明に残った。人々はメビウスの輪の意味を真剣に考えた。社会を変えることができるかも知れない。新しい生き方、新しい価値観を見つけることに必死だった。それは、今までの生き方は間違いだったと気が付いたからだ。今こそ新しい社会を築くチャンスなのだと思った。その答えを見つけたのは勝海倫太郎という哲学者だった。
メビウスの輪とは一本のテープを半回転ねじって繋いだ8の字型のリボン。ペンで表から線を引いていくと、いつの間にか裏を通って、再び表に戻って一本の線に繋がる。表面から始まった線が裏面を通ってひとつの輪につながった数字の8が二つ重なったようになる。いつ裏になったのかわからない。どこで表に戻ったのかわからない。表と裏というものが存在しないのだ。始まりも終わりも存在しない。メビウス上に存在していると、位置も表だとか裏だからという区別もない。始まりにいるとか終わりにいるとかいう違いもない。その位置に存在しているという事実だけだ。人々は次第にメビウスの輪の意味を理解しはじめた。存在価値を決めるのは比較ではなく、自分自身が重要なのだと気が付いた。自分自身の存在価値に目覚めはじめた。こうしてメビウス思想が広がり始めたのだ。メビウス思想は個人の生き方も、社会全体も変えた。この惑星の人達は進むべき方向を見出した。人類は未来に生き残るために様々な研究を積み重ねている。海中都市や月面都市もそのひとつだ。様々な科学技術が開発された。だが一番重要なのは科学よりも社会システムが重要なのだ。大勢の人が共に暮らすということは簡単なことではない。これまで様々な矛盾が人々を争いへと導いていった。みんなが自由という社会は矛盾する。みんなが自由ということは、みんなの影響を受けるということで、自分の自由が侵され、自由ではないということだ。みんなが共に暮らすということは、根本的な価値観だけは共通認識を持たなければならない。多様性を認めるということは、互いの自由を認めるというのではなく、互いを思いやるということなのだ。私たちには、極端な自由奔放主義が社会システムを破壊したという反省があった。このことをメビウスが気付かせてくれたと話してくれた。
晋介は黙って聞いていた。晋介は自分が探しているものが見えてきたように思っていた。晋介の世界のことを考えていた。今までの社会は競争社会であり、全てが比較社会だった。勝つか負けるかで人生の成功を測っていた。他のものと比較することで自分の価値を測っていた。全てのものが比較だけで価値を判断された。拝金主義の世の中では価格の比較だけが重要視された。その結果、デフレ現象が起き、それが社会の成長を止め、ゼロサム社会への悪循環に陥ってしまった。人々はいつの間にか比較なしで価値判断することができなくなっていたのだった。
物が大きいというのも小さいものと比較して決めた。高いということも低い所と比較して決めた。温度の熱いということも冷たいものとを比較して決めた。天気が良いということも天気の悪い日と比較して決めた。車の速さも他の車と比較して決めた。カッコ良さも他のものと比較して決めた。若いというのも年寄と比較して決めた。力が強いというのも弱い人と比較して決めた。貧乏というのもお金持ちと比較して決めた。頭の良さも成績の悪い人と比較して決めた。美人かブスかも比較で決めた。自分が幸せか不幸かさえ比較して決めた。全てが比較で判断された。だから、比較する相手次第で評価が変わるのだ。自分が幸せと思いたかったら、不幸な人を探して比較すれば良かったのである。自分がお金持ちと思いたかったら、自分よりも貧乏な人と比較すれば良いのである。自分は歌がうまいと思いたかったら、音痴な人と付き合えばいいのである。
でも、そんなことにどんな意味や価値があるのだろうか。物の価値も比較させることで価値を偽っていた。この商品は素晴らしいというのも、悪い商品と比べて宣伝した。つまり、比較は本当の価値判断ではなかったのだ。いままでの価値判断は意味のないことだったと知った。私達の社会は競争が全ての競争社会だった。競争こそが社会を発展させ、自分を成長させると思っていた。でも競争社会こそ根本的に見直さなければならない事だった。競争社会の価値判断こそ無意味な価値判断だった。競争社会の中では勝つことだけに価値があると思っていた。だから、みんなは頂点を目指して頑張った。時には人間性すら否定して頑張った。頂点に立てば幸せなのだと思い込んで頑張った。でも頂点に立つと、頂点から転落することを恐れて頑張る。頑張りと戦いは永遠に終わることがない。頂点を目指さない人にも苦悩はあった。自分は負けているから自分に価値はないのだと思い込む。自分は頑張っても勝てないと思い込む。誰かに負けてもっと落ち込む。するとまた更に誰かに負けて落ち込む。どこまでも終わりのない苦悩がある。こうして、自分自身の人生を終わらせた人がたくさんいた。
正しい思考は人間を発展させるが、間違った思考は人間を破滅させる。テレビドラマで「家のママは世界一」というのがあった。世界一と褒められるより、「家のママは世界でママだけ」と言われる方が嬉しいのではないだろうか。ママは頭がいいとか、料理がうまいとか、美人だとか、そんなことは関係ない。ママは自分にとって世界で唯一無二の存在なのだ。比較は本人を評価しているようで評価していない。世界一が良いのなら、彼女じゃなくて世界一の女性が良いことになりはしないだろうか。メビウス価値観は他者と比較なしに個人の評価をする。比較をしないから世界一ではなく、世界で唯一の存在なのである。彼女が唯一と言うのは、彼女自身が歳を重ねても、例え病気になっても、何があっても彼女の価値は変わらないのだ。

■個性の価値の再認識

老人はさらに続けて話してくれた。メビウス思考ができてからは大きく様変わりした。それぞれが比較なしに判断するようになった。大きいか小さいかも比較ではなく、その時点でそのものの価値が判断された。美人かどうかも比較することはなく、本人だけを見て判断された。お金もお金持ちと比較するのではなく、今自分が満足できるかが判断基準だった。お金持ちとか貧乏だとかいう判断は不要になった。自分が幸せなのかも自分の気持ちだけで判断した。メビウスは比較に意味がないと教えてくれた。勝ち負けの競争に意味がないと教えてくれた。個性こそが最高なのだと教えてくれた。個性を高めることに人生の価値があると教えてくれた。メビウス思考が全てを変えたと話してくれた。
晋介の顔に笑みが戻った。考えてみれば当たり前のことではないかと思った。頭の中の黒い霧が晴れ、真実が見えて来たように思った。老人が小石を見せて「これは大きいか?」と聞いた意味がやっとわかった。比較で価値を決めるのではなく、その時その小石は最適かどうかが問題だったのだ。だから、大きいとか小さいとかではなく、大きくもなく小さくもなく、最適なのだった。晋介にもメビウス思考が解りかけてきた。

■メビウス思考で家庭が変わる

老人は思いにふけるように遠くを眺めている。しばらくしてポツリポツリと話し始めた。私たちの大きな課題は子供の教育の問題だったのですよ。拝金主義に陥った私たち大人は子供に言うべき言葉を失ったのですよ。子供たちも拝金主義が価値判断の全てとなってしまった。人生の目的がお金儲けだけになってしまった。そんな子供たちが憧れる英雄がいた。それはとてつもないお金持ちだった。高級マンションに暮らし、毎晩高級店で美味しいものを美女軍団と共に食べていた。彼らの仕事はマネーゲームだった。彼らはテレビに出て自信たっぷりに語る。憧れの目で見る子供たちには彼らが英雄のように見えた。子供たちは額に汗して働く人が小さく見えた。毎日、会社に行く父親が惨めに見えた。それまでの価値観が価値のないものとされてしまったのだよ。拝金主義はお金を持つこと、高級品を持つこと、遊ぶことが素晴らしいことのように思われた。そのため子供たちは自分なりの方法でお金儲けを考えるようになった。子供たちは売春まがいのことを悪びれることなくやった。グループになると美人局のようなことを平気でやっていた。悪い大人がやっていることをそのまま真似てやっているのだ。テレビではコメンテーターと呼ばれる連中が、そのことをかっこいい事のように煽った。テレビを観ていた子供たちは免罪符を得たかのように急速に堕落していった。いちばんの問題はその事に対応できなかった親たちだ。子供たちに意見できる考えや言葉を失っていた。
「誰にも迷惑をかけてないのに何が悪いの!」
「大人だって自由にやっているじゃないの!」
当時の親たちは子供の言うことに返す言葉を失っていたのだ。それは子供たちの救いを求める叫びだったのかも知れない。子供たちは怒られる事で人生の方向を学び、行動を修正しながら生きていく。しかし、親に怒られないで育った子供たち。自分のやっていることが正しいのか間違っているのかわからない。何も解らないまま子供たちは闇に飲み込まれていった。迷える子供たちにアドバイスを与えた人たちがいた。それは悪魔のささやきだった。子供たちを商品として金儲けを考えている闇の組織だった。子供たちは物欲と快楽の世界に飲み込まれていった。子供たちには他に選択肢がなかったのだ。親は自分が自由でいたいために、子供にも自由を与えた。「自由を謳歌してなにが悪い!」
そして子供たちのことから目をそらした。親も子も未来のない世界に落ち込んでいった。私たちは善悪を判断する思想を失っていたのだよ。命の大切さ、生きることの意味すら解らなくなっていた。そう言って老人は悲しそうに頭を垂れた。晋介は老人の目に涙を見た。
晋介の目も涙であふれていた。
「私たちの世界だって・・・・」
そう、晋介の住む世界も同じ問題で悩んでいたのだ。老人は顔をうつむけたままつぶやいた。私たちの苦難の時代は、大切なことをないがしろにしたことの代償だったのかもしれないと。この苦難の中で私たちは失った理念を見つけたのだよ。それがメビウスなのだよと言った。
晋介は改めて思想の大切さを痛感していた。思想という判断基準がないと何も判断できないのだと知った。晋介の任務は新しい経済システムを探すことだったが、新しい理念も探さなければならないと思った。
晋介には探すべきものがはっきりと見えてきた。

■メビウス思想で教育が変わる

社会システムは、みんなが飢えることなく安全に、そして豊かに文化的に暮らしていくためのものだった。私たちの社会は分業で成り立っている。それぞれが社会の一員として責務を果たすことによって、全ての人が豊かになっていく。人だけでなく、工場や商店や事務所なども社会の一員として役割を果たすことで社会が成り立っている。工場による製品の大量生産も、誰でも安く手に入れることができて、誰もが便利で快適な暮らしをするために存在した。全ての存在が誰かの役に立つことで社会が循環していた。それがいつのまにか立場を逆転してしまった。工場は金儲けをするために、安い人材を機械代わりに雇い入れた。すべてが一部の人間の金儲けのためのものとなってしまった。教育は国の未来を担う大切な子供たちを育てることだ。それが教育は企業にとって便利な万能人材を育成することになった。
メビウスが基本に目覚めさせてくれた。新たな教育が始まったのだよ。我々は未来を託して子供たちを正しく導くことから始めたのだよ。改めて子供たちを見ると素晴らしい可能性を持っていることに気が付いた。子供が遊んでいるゲームも、その知識や技術レベルをみれば子供のすごさがわかる。この子は天才ではないのかと思えることがたくさんあった。私たちは早い時期から子供たちの人間教育が始まった。自分がやりたい事は何なのかを考えさせた。そう、夢を描かせたのだよ。夢が決まったら、夢の実現に必要な方法を学んでいく。夢を実現させるために学びたいというのは、人間が生まれながらに持っているものだからね。
ここで重要なのが教師の役割である。子供に才能や能力があってもまだ経験はない。知識の範囲も狭く、まだまだ未知の世界なのだ。子供自身で正しい判断をすることは無理だ。子供が自分で考えるためのアドバイザーが必要なのだ。それが新しい教師のあり方として取り組んだ。必要な時に必要な情報を手に入れることは簡単にできる時代になった。だから、知識を暗記する事に貴重な時間を費やすことは必要ない。個人が自分の目的のための勉強を始めるのだから、みんなと比較するテストは無意味なものとなった。子供たちは自分の夢に向かって真剣になった。ゲームに夢中になっていた時のように、真剣に、夢中になっている。教師の役割は子供達の学習のサポートである。子供たちは、目的があってもそれを実現する手法をまだ知らない。どんな情報が必要で、その情報がどこにあるのかも知らない。そして、得た情報が正しいのかも判断できない。教師は導くのではなく、後ろから後押しをするのが仕事である。記憶しなければならない事柄もネットの普及で必要がなくなった。
子供たちに必要なものは明確な目的である。目的さえ見つかれば、実現の方法を見つける事は、そんなに難しくはない。教育は自己実現するための基礎力をつけること、学校教育は基礎知識を学ぶ場所と割り切ったために、教育の効率化が可能になった。その結果、全ての人に無償教育が可能になった。人生には何度も転換期というのが訪れる。そんな時、いつでも無償で学び直すことが可能になった。学校教育の考えが変わり、教育環境の地域格差もなくなった。教育の考え方、勉強の学び方や学ぶ目的が明確になった。全国どこででも同じように学べる環境ができた。
教育環境が変わることで、家庭環境が変わった。家族がバラバラに暮らすようなこともなくなった。いい環境求め、家族揃って地方で住むようになった。子供の大事な思春期を親と一緒に暮らす。そのお陰で若者の異常な行動は激減し、異常な犯罪も激減した。郷土への就職率も上がり、地方の高齢化現象も解消、人口減少も解決しつつある。

■家族の復活で少子化現象は終わった

メビウス思考のお陰で我が国の暮らしが変わった。学校や職場の関係で家族がバラバラに暮らす生活も終わった。家族はいつも一緒に生活する様になった。家族の絆は強くなり、家族みんなが自分のことよりも、家族のことを優先して考える様になった。ひとつの家で何世代も一緒に暮らす様になった。その結果、家系という考え方が強くなった。家系を引き継ぐ子供の重要性が見直された。子供の誕生は親戚一同で喜び合うものとなった。これで若い夫婦も安心して子供を産むことができた。もう夫婦が子供を産むことは当たり前となった。というより積極的に子供を産むこととなった。子供が産まれることにより夫婦間の絆が強くなることは勿論だが、親子の繋がり、親族の繋がり、近所との繋がりも強くなった。繋がりが強くなったので、災害時の協力体制も強くなった。メビウス思考の広がりで、いつのまにか少子化問題は無くなってしまった。一時は夫婦別姓が流行し、家庭の絆が壊れ、家庭も、地域も、国も崩壊寸前だったのだ。いままでは家庭のあり方を考えたことはなかったのだ。
みんなが自由を過剰評価していた。自由だけを追求していくと、自由を失うという矛盾に気付けなかったのだ。思想を失っていた我々は物事の本質を見つめる力を失っていたのだ。晋介は改めて思想を持つことの重要さを知った。
そして老人が付け加えた。人間とは不思議なもので、正しい方向に向かったことで出生率が上がった。我々の生存が許されたように気がしたと笑った。

■古代クラゲと分業

晋介くんは古代クラゲを知っているかいと老人が訪ねた。南の海の400メートルほど深海に生息している大きなクラゲだよ。70メートル程もあるクラゲも発見されている。驚くべきことはその大きさではなく生態方法だよ。およそ500の生命体が集まって、ひとつの生命体として生存していることだ。わかりやすく言うならば、口だけの生命体と胃だけの生命体が協力し合って生きている。単独では絶対に生存することができない。口だけの生命体は食べるということしかできない。生物は食べた物を消化し、栄養として吸収しないと生きていけない。それぞれが自分の役割を果たすことで、自分が生きるための栄養を他の生命体から供給される。こうして500個の生命体が連携して一つの生命体を形成している。自然界は不思議だらけですと笑った。
でも人間だって同じような生き方をしているのですよ。晋介くんが空腹を満たすために食べているものはどこかの誰かが作ったものですよ。その人が自分の責任を果たさなかったら、晋介くんは食べ物を得ることができなくなる。自分で全ての食べ物を作るなんてことは不可能に近いでしょう。食べ物だけじゃなく生きていくために必要なものの殆どを誰かが作ってくれている。寒さや雨風を防ぐ住まいを自分で造るなんて不可能に近い。まして、快適な住まいを作るなんて絶対に無理です。でも、結果として快適な住まいに住み、季節に適したおしゃれな衣服を着て、整備された街に暮らして生きている。晋介くんが自分の役割を果たす事で、何処かの誰かの役に立って、社会全体が機能しているのですよ。
晋介は古代クラゲの話を聞いて、昔の暮らし方を思い出していた。それは、職人さん達の仕事の流れだった。みんなが分業し、連携し、支え合って仕事を完成させる。みんながいてこそ自分も存在できる。自分の担当する仕事に誇りを持ち、名人と言われるまで精度を高める。自分の仕事を誇示するためでなく、前工程の職人に恥じない仕事をし、後工程の職人に迷惑をかけないように仕事をしていた。このように総合扶助によって文化と言われるほど質の高い仕事をしていた。晋介は改めて失ってきたものの重大さを知った。
老人は更に話を進めた。私たちはこの好循環システムを破壊してしまったのです。競争社会がこの最適なシステムを壊してしまったのです。仕事はみんなの暮らしに役立つものを作り届けることが目的であるのに、際限のない利益追求がはじまった。全体を見ることなく、部分的な価格競争を行い、全体の連携を破壊した。比較することでしか価値を見出せない競争社会が社会全体を壊した。メビウスはそのことを私たちに気付かせてくれた。私たちはメビウスの価値観をもって新しい社会に作り直した。老人の目は誇らしげに輝いていた。

★第二章 プロジェクト編

■好循環システムの秘密

「さあ、メビウスが創った私たちの国を見にいきましょう」と老人の歩みはさらに速くなった。晋介の頭の中はまだ疑問でいっぱいだったが、いまはこの世界をしっかり見たいと思っていた。 破綻しかけたこの国が世界をリードするようになったという。それは世界の発展に貢献し、世界の安全を守り、世界の平和に貢献し、世界を豊かにし、そして世界から信頼されたからだという。どうやって経済不況から今の素晴らしい社会を実現したのだろうか。晋介はその方法を知りたくてウズウズしていた。
老人はこの国のシステムを全部紹介するのは大変だ。基本だけをしっかり理解することだねと話してくれた。メビウス社会は好循環で組み上げられた社会システムだよ。好循環は与えるから与えられるというのが基本。良いシステムとは自動的に拡大発展し、様々なものを生み出していく。だが悪いシステムは好循環を起こさないから、持続するためには常に外部からパワーを注入し続けなければならない。悪いシステムの利益は何らかの犠牲と引き換えに得られるもので、プラスマイナスゼロという生産性のないものだ。生産性、成長性がないから永続できないシステムなのだ。それがブラック企業の実態とも言える。過剰な労働時間と低賃金を強いることによって成り立っている。ブラック企業は人々から目に見えないものを吸い取って、企業継続のエネルギーにしてきた。目に見えないものとは、時間であり、体力であり、健康であり、夢であり、希望だ。つまり、人々の魂と命、人生そのものを吸い取って成り立っているのだ。
晋介が老人と話し始めてからすでに1時間以上経っていた。1時間以上も歩いていたとは信じられない位、あっという間の時間だった。この短い間に知ったものは、これまで探し求めてきたものよりも遥かに大きなものだった。晋介はこれから見聞きすることに胸をときめかせていた。

■最初の出会いはカルパの郷

やがて街のようなものが見えてきた。
「おじいさん、あれはなんですか?」
「この街にメビウスがたくさん詰まっているよ」
老人はにこやかに笑いながら足を速めた。それは何もない郊外に忽然と現れた。その街は古いヨーロッパの街並みのように建物が連なって、球場のような円形になっている。その外側をぐるりと囲むように駐車場がある。さらに外側には小振りな家の住宅が整然と並んでいる。街に向かって太い道路が何本も走っている。太い道路は周辺の町々と繋がっている。二人は街の入口に着いた。城壁風にお洒落な建物が円形に並んでいて、広場に通じるトンネルのような通路がたくさんある。車は通路を通ることはできない。広場の中は歩行者専用で安全な場所になっている。二人は城壁風の通路を通って広場に出た。広場は様々な人で賑わっていた。その中でもお年寄りが圧倒的に多いように思った。広場にはベンチやテーブルが設置されていて、みんなは自由にくつろいでいる。ゆっくりと読書をする人やコーヒーを飲みながら音楽を楽しんでいる人がいる。会話を楽しむ人やテーブルゲームを楽しんでいる人もいる。あるコーナーでは趣味の作品を展示している人もいるし、仲間で音楽を楽しんでいる人もいる。たくさんの人はいるが、決してひしめいている感じはしない。心地良い時間が流れている。老人と晋介は空いているベンチに座った。公園の中では大きな木の下にベンチはあった。木漏れ日がとても気持ちがいい。
広場は完全に歩行者専用になっていて、一般の車両はもちろん宅配の車両や商品の搬入をする業務用車両もない。歩行者意外といえば二輪走行車や車椅子のような補助器具だけだ。ここでは車を気にすることなく安心して自由に歩き、ウィンドショッピングを楽しみ、くつろいでいる。子供づれでも安心して時間を楽しめるのだ。
この広場を取り囲むようにホテルやレストラン、病院や介護施設、商店や施設等が建っている。威圧感のあるような高い建物はない。街は円形になっているのでどこのお店へもまっすぐに行ける。円形に建っているから、どの店も立地条件は同じだ。メビウスの輪と同じで、街はずれとか、角地だとかいうことがない。お店や施設には広場側の入口と駐車場側の入口の二つがあり、利用者はそれぞれ便利な入口を使用する。広場の中心にひときわ大きな建物がある。この施設の中で一番大きな建物でセンターホールだという。メインは50メートルのオリンピック仕様のプールがある。子供の頃から国際基準のプールで泳ぐことが大事だという。日中は高齢者や一般者が利用するが、その後は合宿訓練のために長時間利用できるように夜から朝まで24時間使用できるようになっている。そのために水質管理の新しい技術が開発され、水の入れ替えの必要はない。こうして24時間使用可能なプールが実現した。プールの水は街の防災用としても活用される。街で火災が発生した時にプールの水が消火用水として使われる。この大量の水を一気に使用することで初期火災のうちに消火することができるのだという。
プールの水は公園の空調にも利用されている。円形の街・カルパの郷の中心に小さな憩いの森がある。小さな森には木漏れ日と風が爽やかだ。そして風もないのに涼やかな風が流れてくる。周りを見ると60センチメートル位の短い円筒がたくさん立っている。この円筒からプールの水で冷やされた風が出ている。この風で小さな森の快適な環境を保っている。プールに併設されているのが水の遊園地。健康づくりを兼ねた安全で楽しいアミューズメントパークだ。お年寄りだけではなく、家族連れや若者も多い。学校の授業にも取り組まれているので、この水の遊園地は朝から晩まで賑わっている。この楽しくて飽きない水の広場が継続できる健康づくりに貢献しているのだ。国民の健康づくりは、国の大きな負担である医療負担を軽減させた。晋介は老人の足の速さは、ここで鍛えているからなのだと納得した。

■すべてはハイパーセンターから始まった

老人は最初に行われたプロジェクトについて教えてくれた。計画のはじめは組織の構築から始まった。各省庁からエキスパートが選出され、プロジェクトの成否を握るハイパーセンターが組織された。ハイパーセンターが最初に行った作業は土地の整備だった。参加地方自治体は活用されていない土地を提供した。地方自治体はプロジェクトへの参加条件として土地という提供した。提供したと言っても、土地の使用権だけで、土地は自治体の所有である。ハイパーセンターは提供された土地を調整して一つの大きな土地を形成した。土地の名義は自治体のままにしているからカルパの郷の住民はそれぞれ自治体の住民となり、地方自治体の人国減少を防いだ。カルパの施設は参加自治体の共同の施設となり、参加自治体の施設として位置付けられる。これで参加自治体は、総合病院、介護施設、高齢者住宅、防災設備、公共施設等を市民が利用できるようになり、デメリットはどこにもない。。
地方自治体にメリットでいっぱいのプロジェクトに地方自治体は競って参加した。地方自治体は人口減や税収減に加え、膨大な支出を余儀なくされていたし、これから絶対にやらなければならないことをたくさん抱えていたが、プロジェクトに参加することですべてが解決した。
ハイパーセンターが次に行ったことはプロジェクトの内容を投資物件としての提案書にした。我が国は世界から注目されていたから、世界の投資家が挙って参加した。カルパの郷の施設や事業は優良な投資案件として、世界で行き場のなかった資金が集まった。こうして、土地と資金と人財を確保したハイパーセンターは稼働開始した。カルパの郷は中型の建物、小型の建物を中心に構成されている。そのため工事のほとんどに地元の中小建設会社が参画できた。カルパの郷の大型投資の資金は地元企業を潤した。就職先の少なかった地方に就職先を創出した。若者は、親と一緒に地元に暮らすようになった。それは一族意識を高め、代々と続く家系が見直され、出生率は驚くほど上がった。出生率を上げるポイントは代々と続く一族意識を高めることにあった。地方自治体はこれまでは不可能と思われていた住民サービスが可能になったのである。

■水源の重要性

このカルパの郷が水をテーマにしたのには理由があった。街の基本は水の確保だといわれている。どのくらいの量の水を確保できるかで街の人口が決まる。カルパの郷の場所を決める最大の課題は水の確保だった。カルパの郷建設が我が国の水源を守る切掛けとなったのだ。全国から我が地方へ建設して欲しいとの強い要望が政府へ寄せられた。建設条件の一つに水源の確保があった。地方から水源の大切さが認識されはじめ、国民の間にまで拡がった。政府は国民の意を受けて、特別法を制定し、外国人の水源地取得を禁止した。こうして我が国の水源地は守られたのである。良いプランは好循環を起こし、周りも良い方向へと導いてくれるのだよと話してくれた。

■多機能メインホール

センターホールの中でも重要な施設はコンサートホールだ。全国12のカルパの郷には同じようなコンサートホールがある。このことが音楽関係者のコンサートツアーを計画しやすくさせた。多彩な演出できる施設を設け、公演コストを下げた。その効果があって連日のようにコンサートが開催されている。大物ミュージシャンだけでなく、実力派歌手や新人も開催できるようになった。コンサート客がカルパの郷のホテルの宿泊客であり、レストランの客になっている。コンサートの様子はネットワークを通じて公開される。コンサートの動画は無料で公開されているが、有料会員だとハイビジョン3D動画を楽しめる。コンサートの動画配信は音楽を楽しむというよりは、コンサートの楽しさを伝えている。メインホールの他にも多目的に使えるホールが複数ある。コンサート客が増え、カルパの郷の来場者が増えた。これも好循環システムになっている成果だと教えてくれた。その他リハビリー施設や健康増進施設、各種展示場や店舗、飲食店等で構成されている。

■地域によって特徴あるカルパの郷

ここのカルパの郷は医療と水をテーマにしている。カルパの郷は地域に合わせた特徴を持っている。カルパの郷の建設目的は地域の発展だ。基本は医療と高齢化とビジネスとグルメと宿泊。その基本に加えて、森をテーマにしたカルパの郷もあるし、海をテーマにしたカルパの郷もある。工業をテーマにしているところもあれば、夏をテーマにしているところもある。世界に注目してカジノ施設を持っている歓楽街もある。国内に12カ所のカルパの郷があるから、みんなは旅をしながら特徴のあるカルパの郷を楽しんでいるのだという。国内全体が観光地になったようなものだという。

■多彩な顔を持つカルパの郷

カルパの郷は多彩な顔を持っている。高齢者と医療と介護と健康の街。宿泊の街。食事とイベントの街。そして、ビジネスの街。カルパの郷はビジネスの拠点としても重要な役割を担っている。各種展示場や進出している企業も多いし、企業を訪問するビジネスマンも多い。ホテルが充実しているので、ここを基点に周辺地域へビジネスに出かけるといった使い方もされている。都会を離れた憩える場所が良いという企業がカルパの郷に集まってきたのだ。ミニ・シリコンバレーのようなベンチャー企業集積地となっている。また、総合展示場もあり、展示会も多く開催されている。その展示会の関係者や来場者でいつも賑わっている。我が国の農産品や各種製品は品質が良く、世界から注目されているので海外のビジネス関係者も多く、カルパの郷は国際都市なのだ。

■ホテルの宿泊飲食分業で事業拡大

低迷していた国内経済も上向き始め、海外からの旅行者が増えた。観光目的の旅行者も多いが、それよりもビジネス客が多くなった。国内ビジネスも国際的になり、海外との取引も多くなったからである。ホテル建設は追いつかずホテルは足りなくなるばかりだった。今がチャンスとばかりに宿泊料金が高騰した。ホテルの部屋数は足りなく、利用料金の高さに海外から苦情が増えはじめた。民泊など立地条件や経験の不十分な格安宿泊施設もできた。しかし管理の目の届かない宿泊施設は海外のスラムの様になり、周辺住民とのトラブルが多発した。地元住民は不安のあまり自警団を組織し、地域の治安と防災を強いられることとなった。当然のことながら、周辺の不動産価格は下落し、住宅ローン利用者と銀行は慌てた。不動産価値が下がったので、担保価値の見直しが行われたのだ。ホテル不足が問題を起こす元凶となっていることを問題視した政府は、ホテルを飲食と宿泊とに分業させた。
その結果、宿泊専門となったホテルはおもてなし度をより向上させた。最高の安らぎと最高の眠りと最高の安全を提供するホテルとなった。さらに、ホテルはそれぞれ特色あるサービスをするようになった。ホテル同士が宿泊に特化したことで、より良いサービス競争が起きたのだ。そのクォリティーの高さに世界のホテルが驚いた。ビジネス利用客には最高のビジネス環境を提供した。ホテル業務を分業化したお陰で巨大資本がなくてもホテル事業をできるようになった。分業化することで開業費用や運営費も低く抑えられ、従来のホテルのように総合力がなくても営業できるようになった。コストの低減と総合力が要らなくなったことで異業種からの参入も盛んになった。部屋やサービスや料金など特色のあるホテルがたくさんできた。変動するニーズにも素早く対応できるようになった。こうして施設も大量に増え、もう客室不足を言われることはなくなった。利用料金も安定し、苦情は一掃された。カルパの郷のホテル群が早いスピードで実現できたのには理由がある。このホテルは投資物件とし、建設資金を投資家から募集した。長期安全な投資先として国内外の投資家の人気となった。投資がスムーズに実現できる重要な役割を果たしたのはハイパーセンターである。ハイパーセンターはカルパの郷の不動産物件全てを管理している。単なる管理ではなく、投資物件としての管理運営を得意としている。ハイパーセンターを通じることで、投資家は安全な投資を実現できた。事業家は事業プランをハイパーセンターに持ち込むことで投資を得て事業を実現することができた。誰でも熱意があれば夢を実現出来るのである。まさにカルパの木のようである。このことがホテルのバリエーションを増やすこととなった。楽しい宿泊環境はリピータを増やすこととなった。カルパの郷と相乗効果で利用客を増加させ、ホテルも利用者も相互に良いというウインウインの関係を実現させた。

■ホテル分業で生まれた魅力的なレストラン街

ホテルから飲食部門を切り離した結果、レストラン街に朝食、昼食、夕食、宴会等々多くの需要を誕生させた。飲食業も多様なニーズに応えるために多種多様な飲食店を開店させた。カルパの郷の大きな集客力のお陰でレストランは専門化する事を可能にした。レストランの専門化に不可欠な要件は客数である。カルパの郷への客数があるからこそ専門化ができる。もっと客数が多くなれば単品メニューでも経営が成り立つようになる。取り扱うメニューが少なければ、品質は上がり、コストは下がる。専門化はレストランの質のアップと独立起業の可能性を拡大した。こうして、ホテルとレストランとお客様との三者の間にウインウインの関係ができた。この高品質で多彩なレストラン街がカルパの郷の魅力を上げることとなった。飲食店街が魅力的になる事によって、ホテルの宿泊客が増えるというウインウインの関係が成立した。魅力的な飲食店街は日帰りや一日宿泊では到底味わい切れるものではない。満足するだけ楽しむとしたら一週間は必要だろう。美味しい食事を食べ損ねたと後悔したくないお客様は、ホテルの宿泊及び連泊をすることになる。食事をメインとしていることでリピータが増えることとなった。カルパの郷は食事を楽しむ場となった。カルパの郷の食材は地元の農家や漁業者と共同開発した特産品で地産地消を基本としている。こうして地域ごとに特色のあるカルパの郷の飲食店街が誕生していった。地域の特色ある食事を楽しみに全国のカルパの郷を渡り歩いて、食事と旅を満喫しているお客様も多い。
カルパの郷のレストランのテーマは美味しく食べて健康促進だ。病気療養中の人や体重を気にしている人などが楽しく食事ができる。カルパの郷には独自の健康メニューがある。このメニューは医師、栄養士、料理人、生産者で共同開発した。今までは食欲のわかない食事しか食べられなかった病気療養中の人や予備群のような人が素敵なディナーとお酒を楽しむことができるようになった。美味しく食べて健康になるようにと考えられたメニューのお陰なのだ。この健康メニューは国内よりも海外のお客様の人気となった。メビウスクオリティの健康食は世界のどこにもなかった。この食事を楽しむために長期滞在しているお客さんも多い。食事が動機なのだから、リピータとしていつまでも続く。こうして、ホテルと飲食を分離することによって大きな魅力を創り出したのだ。
それでも飲食店のメイン客は地元に暮らす高齢者である。旅行客とは違い、安定した経営を行うには地元の利用が大事なのだ。カルパの郷に暮らす高齢者はカルパの郷の医療環境を第一の目的としている。それ以上に魅力になっているのは飲食街の健康メニューなのだ。カルパの郷の住民はもとよりカルパの郷で働く人にとって大事な食堂となっている。住民には専用メニューと住民料金があるので、負担は軽いのである。

■カルパの郷は24時間型の街

カルパの郷の飲食店はホテル宿泊客の朝食を担当しているので早朝から営業している。観光客のために深夜まで営業しているので、飲食店は24時間営業している。長時間営業のため、一つの店を二人のオーナーで持ち合い、昼の部、夜の部と分けて営業するレストランもある。この営業方式によってシャッターを降している時間はないので、カルパの郷の街並みはいつも活気に溢れている。夜は映画やイベントやコンサート等も行われているので歓楽街の賑わいを見せている。カルパの郷の飲食店は、個性的な店がたくさんある。これらの特徴的な店の運営を可能にしたのは、なんといってもカルパの郷全体の集客力のお陰である。このウインウインの関係がカルパの郷の賑わいを創っている。全国のカルパの郷はそれぞれ地域に合わせた特徴を持っている。それは、地域優先で地域の発展が目的とされているからだ。大都会に近いところではラスベガスのような華やかなカルパの郷もある。田舎の特徴を活かしたカルパの郷もある。様々なタイプのカルパの郷全体で我が国のカルパの郷を形成している。カルパの郷は単独での繁栄を目指してはいない。カルパの郷は周辺の自治体の補完施設として存在している。周辺の町からカルパの郷まで主要道路が整備されている。カルパの郷プロジェクトによって我が国全体が快適になった。

■料理人の育成支援システム

カルパの郷のレストランは多種多様な店がたくさんある。もちろん、料理人も多いし、オーナーシェフの店も多い。それだけの優秀な料理人を確保するのは大変だ。それを支える仕組みをハイパーセンターがつくった。レストランで修行した料理人の独立開業を支援するシステムがある。ハイパーセンターが審査し、合格すれば独立開業できるように全ての支援をする。単なる資金支援ではなく、料理人と一体となって経営戦略まで考える。料理人の目指すデザインの店舗と経営ノウハウが用意される。店舗の入手も自分で資金を用意する方法や、投資を受ける方法やリース物件として利用するなど多彩なメニューが用意されている。料理人は苦手なことはハイパーセンターに一切を任せる。料理人は腕さえ磨けば独立開業できるのである。こうして才能ある料理人が腕を磨き、天才シェフがいるレストランとしてカルパの郷のブランド力を高めるている。しかし、独立開業したのはいいが、あっと言う間に潰れてしまったという話はよく聞く。大きな借金を抱えて潰れてしまっては破滅するしかなくなる。家族がいれば、家族を路頭に迷わすことになる。このことが才能ある料理人に独立の二の足を踏ませてしまうのである。カルパの郷では開業に関して徹底的な指導をし、開業後も運営指導が行われる。才能ある料理人は安心して自分の夢を追求することができるようになっている。
ハイパーセンターが徹底指導するには理由がある。ハイパーセンターはカルパの郷内の施設や事業を投資案件として運営している。ハイパーセンターは投資家に安心安全な投資案件として提案するため各店舗を繁盛させるという責務を持っている。ハイパーセンターのお陰で新しいレストランが増えていき、カルパの郷の魅力をアップしてきた。分業化することで起業促進と雇用拡大と街の活性化の両方を実現した。基本は良いお店とたくさんのお客というウインウインの関係が大事なのだと言った。

■カルパの郷は巨大で高度な医療センター

カルパの郷は医療の顔を持っている街である。ホテル業と同じように病院の規定も変えた。入院施設を持たなくても良いようにした。しかし当然ながら、入院療養の必要な患者もいるので全廃するわけではない。少ない病室を補完するように医療環境を整えたホテルも誕生した。病院や介護会社と連携を取り、海外や地方の人たちの通院ホテルや訪問医療ホテルとして人気となった。病院も入院患者を重度患者のみ入院とした。軽度患者は医療ホテルに宿泊し、通院するか往診することになった。病院では入院患者が減り、夜間の業務が軽減され、少ない要員で対応できるようになった。重度患者は安心して治療を受けることが可能になり、軽度患者も気楽な環境で治療を受けられるようになった。病院とホテルと患者にとってウインウインの環境ができた。
宿泊専用ホテルには医療観光に対応したホテルもある。外国人専用というわけではなく、国内の利用者が多い。治療の内容によって異なるが、基本的には入院治療の必要がない患者さんが利用するホテルである。お客さんに好まれる理由は、ホテルだと病院とは違い自由がきくことである。遠くから治療に来ると、付き添いの人もいる。ホテルだと気兼ねなく、快適な環境で介護できる。患者本人も付き添い者に負担をかけないで済むことが喜ばれた。

■カルパの郷の高度医療機関

全国12カ所のカルパの郷には、それぞれに最先端の総合医療施設がある。それぞれに特徴があり、それぞれが専門分野を担っている。現代医療は高度なテクノロジーによって支えられている。しかしそれは病院の経営を苦しめるものとなり、医療格差の元凶となっている。高額治療となった現代医療は病院も医者も患者も苦しめることとなった。それ以上に苦しんだのは国家の医療制度だった。豊かな国になったお陰で幼児の死亡は少なくなり、人口も増え、予想もしなかった長寿の国となった。目指したものは良かったのだが、時代遅れの医療制度は対応できなかったのだ。それは患者と病院との不信の悪循環を起こし相互に不幸な状況を起こしていた。治療や医師への不信感が医師の評価サイトを立ち上げた。病院への不信感は医療機関のハシゴとなり、医療制度を揺るがした。政府は医療のハイテク化で乗り越えようと計画を実施した。医療施設を全国12カ所に集約し、高度化させ、医療の核とした。この医療核施設と地方の病院のネットワークを構築した。全国の病院が先端治療情報と高度医療機器を活用できるようになった。医師への高度サポート体制ができたので医師のレベル格差も解消された。国民は等しく同じ医療を受けられるようになった。医療ネットワークによって国民の健康管理が行われ、本格的に治療をする人が減少した。それは国の医療制度への好循環を起こした。

■カルパの郷のスーパードクター

カルパの郷には独立開業しているスーパードクターがたくさんいる。独自の技術を極めたい医師である。カルパの郷には医療従事者に最適な環境が整っている。その環境を求めてスーパードクターが集まった。総合病院とは競争ではなく協業体制が確立している。スーパードクターは病院の高額な高度施設を使うことができる。また、勤務医との医療チームを組むことも可能にしている。各種介護会社もあり、通院のための医療ホテルもあり、サポートしてくれるスタッフも充実している。こうした環境があるので開業医はカルパの郷に開業するのだ。
スーパードクターが集まるもう一つの利点がある。
それは経済的理由である。もし単独で専門医療機器や施設を整えるとしたら莫大な資金がいる。経験を積んだスーパードクターの活躍期間は長くない。莫大な投資金額を短期間で償却するにはかなりの無理がかかる。カルパの郷に開業するならば莫大な投資は必要なくなる。このようにして、スーパードクターは安心して医療に取り組むことができる。さらには、ハイパーセンターがあらゆるサポートをしてくれる。優秀な医者にはハイパーセンターが世界から投資を集めてくれる。世界に溢れている行き先のない資金が将来性のある医療機関に集まる。ハイパーセンターは病院の経営指導から投資管理サービスまで行っているのだ。こうしてカルパの郷は全体で世界最高峰の医療施設となり、世界で最高の医療大国となった。

■介護スタッフ確保の仕組み

医療施設と高齢者住宅の決定でカルパの郷の成長が始まった。ハイパーセンターが関連会社用に土地を用意した。多数の介護関連会社から申し込みがきた。カルパの郷の介護施設に人手不足はない。常に充分なスタッフが揃っている。以前は労働条件の良くない介護職を希望する人は少なかった。スタッフ不足のため立派な施設は造っても入居者を受け入れることができなかった。政府がいくら予算を注ぎ込んでも、スタッフ不足と入所難民は悪化するばかりだった。在宅介護はいつまでも家族みんなで暮らせる望ましい方法だ。本人にとっても家族にとっても理想ではある。だが、家族の苦労が大変過ぎて現実的ではない。まだ家族や親族が多く、介護者をサポートし経済的にも支援できるなら可能だろう。経済的理由で施設に頼れず、自宅介護しなければならない場合もある。
親一人子一人の家族も少なくない。子供が仕事を辞めて親の介護をしなければならなくなる。また親の世話は自分がしたいという子供も少なくない。親が存命中は親の年金等で家族の暮らしが成り立つ。しかし、介護が終了した時点で親の年金支給も終了する。この時、子供は高齢となっており、さらに無職、無年金者となる。身体は幸い健康だが、年齢的に仕事が少ないし、賃金も安い。この国の補助から外れる生活困窮者になる。この流れが分かっているために在宅介護をするのは難しくなる。カルパの郷では親子の介護課題を解決する新システムを導入した。親の介護が必要になった時、介護を希望する子供は介護施設に就職する。介護施設は患者とスタッフを同時に受け入れることになる。子供は国の補助を受けながら、介護知識や技術を身につけ、介護士として自分の親の担当をしながら、介護施設で働く。親が亡くなった後も、子供は介護士として継続勤務できる。これで親も子供も安心して療養できる。これで子供が将来を心配する事なく、親の介護ができるようになった。誰でもが悔いの無い親孝行ができるようになったのである。こうしてカルパの郷の介護施設では介護士不足という問題はなくなった。

■高齢者専用住宅街

カルパの郷の周囲には広大な高齢者住宅地がある。医療機関と高齢者住宅を隣接させて、効率の良い医療環境を整えた。在宅療養、在宅医療、在宅介護、最後を家族と共に家で過ごす。みんなに喜ばれている複合地域だ。この計画を発表した時は、姥捨山を造ったと悪評だった。ところが医療施設が完成してからは反応が一変した。最高の環境だということが理解され、入居応募が押し寄せた。私もここで暮らしているのだよと老人が話してくれた。
長年暮らした自宅を売却処分し、ここに移った。売却からここに暮らすまでの一連の手続きはハイパーセンターがやってくれたから、私は引越し荷物を整理しただけだがねと笑った。平屋で大きくはないが不足はないよ。庭もあり、日当たりも良いし、マイホームとして満足していると満足気に話した。
最大の特徴は間取りと設備にある。寝室、浴室、キッチン、リビング、床、扉、天井、窓、庭の全てが将来を見据えて設計されている。将来とは体力の低下や健康を害し、自宅療養や要介護になった時のことである。といっても、病室のような感じではなく、自分好みにインテリアの行き届いた素敵な家。ここには健康に、より安全に暮らすための工夫がある。独り住まいでもなんの不安もなく暮らせる。気まぐれな年寄りにとって天国じゃよと党人は言った。要介護になった時は、介護しやすい、介護されやすい工夫がされている。寝室がオープンになり、寝ながらでも、家族と接することができ、花の咲き誇る庭も見ることもできる。緊急時への対応には特に工夫がされている。緊急時には即対応できる間取りや補助設備もあり、病院への移送も素早くできる。そのお陰で治療の遅れによる事故はなくなった。一定区間に集約したことで、訪問介護や訪問医療への負担がなくなり、ウインウインの関係を構築した。
更には、医師らにより開発された健康メニューで食事のストレスもない。元気な時も、元気をなくした時にも優しいカルパの郷の高齢者専用住居地域だよ。この快適な住まいで暮らすためのお手伝いは全てハイパーセンターが行なってくれる。家は購入する方法とレンタルする方法など適切な選択ができる。自分に合った最適なサービスを選択できるのですと話してくれた。

■防災体制の強化の家

この家は快適に老後生活を楽しむだけではなく、防災体制も備えているのだよ。後で詳しく話すので、簡単にだけ説明する。災害にあった時に一番必要なものは水です。飲料水は勿論のことですが、衛生面でも不可欠なのが水だ。今までは飲料水としてペットボトルを買っていた。それも定期的に買い換えなければならなかった。いつ来るかわからない災害に備えて、常時大量の水を確保するのは大変だ。私の家だけでも大変なのに、カルパの郷全体で言えば大変なんてものじゃない。長期保存できるのは完全滅菌された飲料水ペットボトルしかない。毎年、膨大な量の水を廃棄していたのだ。でも今ではその必要はなくなった。この家にも、カルパの施設全体にも大量の水が自動的に保存されている。しかも、費用はかからず、常に新鮮な水が保存されている。いざという時には、様々なところで水を手に入れることができる。街の壁の至る所に蛇口のマークがある。水道配管は保存タンクに繋がっているので、水を使用する度に新鮮な水が保存される。災害時にはこのタンクにある蛇口から新鮮な水が得られるようになっている。

■高齢者専用ラジオ放送で避難指示

防災科学も発展し、ある程度の災害予測ができるようになったが、今日来るというまでの精度ではない。現実の大災害はいつも突然やってくる。しかも、どんなことがどんな規模で起こるのかは誰もわからない。災害発生時に大事なことは、避難指示放送を聴いたらすみやかに避難する事であるが、過去の事例をみると、災害時に避難する人はとても少ない。多くの人が避難をせずに、災害に巻き込まれている。
災害のニュースを見ていて思うことは、何でこの場所にこの被害者はいるのだろうと思う。避難放送に従って非難していれば被災者になることはなかったはずの人がたくさんいる。
やはり高齢者が多い。高齢者は災害の経験をたくさんしているために行政の避難指示よりも自分の経験や感を優先する。また、たくさんの情報が流されても、高齢者は自分が興味のない情報は無視しているので、重要な災害情報も届かないのである。
その反面、信頼している情報には絶対的信頼感を持つ。例えば、ある番組のパーソナリティーの○○さんの避難指示情報だけには従うということが起こる。だから、避難指示は日頃から慣れ親しんでいるラジオから伝えるのが効果的である。そのためにも、毎日高齢者に密着した内容のラジオ放送を24時間聴いてもらえる習慣をつくることが重要。
高齢者の日常生活は一般市民の生活時間とは異なり、24時間自由なのだ。生活の仕方もそれぞれであり、朝の早い人、昼寝をする人、深夜に起きている人様々である。そこで、高齢者の生活サイクルに合わせた24時間高齢者専門放送を開始した。この放送は防災だけでなく、音楽番組やトーク番組、高齢者の生き甲斐探しや、旅行案内、高齢者向け哲学や、高齢者の健康法など24時間関心の高い情報を放送。番組を通じてメインキャスターとの信頼関係も構築できる。様々な放送を通じて、高齢者の生活意識が高まると、どんなことにも行動的になり、日常において健康的な暮らし方をするようになる。ラジオを通じて他の高齢者の生き方を知ることで、みんなが生きることに積極的になった。この生きる気力が、災害時に積極的に避難するという行動につながったという。

■日本式農業を活かす農家とおしゃれな直売店

我が国の農業は課題が多い。国際競争に負けないためには大型農業だと言われるが、大型農法は工業製品のように均一な生産物を作り、世界の農業生産力と競争することだけを考えている。ここに農業生産者としての喜びはない。わが国が大型農法に取り組んでも、外国の大型農法の規模には到底かなわない。だから農家の後継者は悩むのである。お金を得る為に苦労するなら、もっと楽で、確実で、安定した仕事に就いた方がいいいと考えるのだ。価格では国際競争で勝つことは難しく、希望のない農家に後継者はいない。経営も労働も厳しく、将来の夢もない農家にはお嫁さんはこない等々課題は山積している。将来への不安の中で土地や近代化に投資もできず、悩んだ末に離農する若者が増えていた。
カルパの郷では、安全で美味しい日本農業の方式で農産物を生産する道を選択した。職人気質のわが国の農家は、安心安全、高品質の農産品作りをすることで経営を安定化させた。カルパの郷は小規模農家に夢を与えた。夢とは、野菜や果物と正面から向き合って切磋琢磨する農業クリエーター。小規模農家で全ての生産物に目が届く農業の実現である。レストランのシェフと共同で高品位の野菜の開発を行った。病院と共同で健康野菜の開発を行った。生産者だけでは出来なかった新しい農産品作りができるようになった。これらの高機能農産物は市場や消費者のニーズにヒットし、高価格販売が可能となった。開発した農産品はカルパの郷のレストランで使用されることで評判を呼び、レストランの魅力をアップさせることとなり、全国のチェーン店でも使われる。更には、カルパの郷ネットワークで全国に販売されることになった。
この野菜は世界的になり我が国のブランド力を高めた。このブランド力は大型農法の生産者にも好影響を与えた。我が国の農業生産物は世界からメビウスクォリティと賞賛され、農家の収入も上がった。
カルパの郷にはお洒な農家の直売店がある。オーナーの若い夫婦とパートさんで経営するお店だ。ご主人が作った農産品を奥さんが販売する。直販店だからサイズ違いも、鮮度落ちの野菜も全て販売できる。安心安全で美味しい野菜は大人気となった。ネットでの定期購買者も増え、経営は安定。さらには六次産業化し、ますます農家の収益を上げ、新たな雇用も拡大した。若い農家はカルパの郷で都会的でオシャレな暮らしをすることができるようになった。暮らしが一変した農家には後継者の問題はなくなった。毎日をおしゃれな店舗で自分たちの作った野菜や果物やオリジナルの手作りジャムやアイス製品など販売する暮らしは女性の憧れとなり、農家は都会の女性の憧れの嫁ぎ先となっている。
農家の収益を安定させているのは、レストランと介護施設とカルパの郷の住民の利用が、安定した需要とロスのない販売を支えている。農家の難しい経営の問題、新しい農法や新種開発、投資相談、農業情報や技術もハイパーセンターがサポートしてくれるので不安はない。お洒落な店舗兼住宅は賃貸でも、将来は自分たちのものになる。農家の夢は広がっていくばかりだ。ハイパーセンターがあってこそ新しい農業が可能になった。ハイパーセンターの特徴は、いままでの行政機関の相談ではなく、具体的にブレーンとしてサポートしてくれることである。

■ふれあい多目的広場

老人に案内されたのはメビウスふれあい広場だった。高さが3メートルもある大型スクリーンが12個並んでいる。そのスクリーンには、この広場と同じような広場の風景が映し出されており、広場にいる人々が映し出されていた。それぞれのスクリーンに映っているのは全国のカルパの郷のふれあい広場。そのことを忘れると普通の通りにいるような錯覚に陥る。カルパの郷のような街が全国に12箇所ある。それぞれの街は大型ビジョンでリアルタイムに繋がれている。大型ビジョンには、他の地域の人が実寸大で映る。まるで、目の前の人と話しているような感じで会話ができる。このままスクリーンの中に入って行ったら、向こうの街に行ってしまいそうな気がする。そのスクリーンの前で沢山の人達がスクリーンの中の人と話をしている。ベンチに座って話している人もいる。お孫さんと話しているお年寄りもいる。まるで街で立ち話をしているかのような風景だ。ここはよりリアリティのあるバーチャルな出会いの場なのだ。
晋介はしばらく家族と会っていなかったことを思い出した。もう半年以上全国をはじめ、世界名中を飛び回っている。難題と取り組んでいるため、心に余裕がなくなっていて、家族を思い遣る事さえできなくなっていた。晋介は老人の「悪いシステムは目に見えないものを吸い取ってエネルギーにしているのだよ」と言う言葉を思い出していた。晋介は目に見えないものとは何なのかがはっきりわかったような気がした。晋介はスクリーンを見つめ、ここに家族が映ってくれたらなぁと思った。老人が晋介に優しく声をかけた。
「みんなのために頑張らなくちゃね」
晋介は自分の気持ちに気合を入れ、力強く頷いてみせた。

■世界と繋がっているビジネス展示場

次に訪れた場所にも、ふれあい広場と同じ大型スクリーンがあった。ただしここで使用されているスクリーン設備は高品位スクリーンを使用している。このスクリーンは、全国のカルパの郷のビジネスホール、そして世界各地の展示ホールにリアルタイムで繋がっていて、多くの中小企業がビジネスに活用している。いまままで中小企業の宣伝営業活動は、年に数度開催される大規模なビジネス展示会に参加、出展することだった。しかし、その参加費用は高額で、全国数カ所の展示場を使うとなると莫大な費用が掛かる。多くの企業が参加しているというメリットはあるものの、多くの企業の中から自社を知ってもらうということは大変なことだった。知ってもらう事も大変なら、逆に必要な企業を知る事も大変だった。中小企業にとって、企業経営にとって営業活動は最大のテーマだ。最初はインターネット等を使って打ち合わせるのだが、最終的には実際に会い、実際に製品を見てからということになる。このため決定率の低い営業活動は中小企業にとって大変な負担だった。このことが中小企業が下請けから脱皮できない大きな理由になっている。そこでハイパーセンターは商談の決定率を上げることで経費と時間の負担軽減を図った。このスクリーンは高品位で実寸表示、つまり実物と同じ大きさで表示される。このスクリーンのお陰で現物を見ないでもかなりの判断をできるようになった。さらに、高度なプレゼン機能があるので商談の決定率を大幅に上げている。マンツーマンの対応が可能なので相互に交渉がリアルタイムにできる。ビジネスルームには高品位映像のバーチャルリアリティのほか、多くのプレゼン機能を備えている。この環境が中小企業のヤル気を引き出した。営業の成功率を高くしたことで中小企業の意識の在り方が変わったのだ。下請企業もメーカーを目指すようになった。中小企業の意識を変えたのはメビウス思考だった。比較ではなく、そのものの価値が評価されるというメビウス価値観によって、中小企業も飛躍できる可能性を感じた。そして模倣や類似製品ではなく、オリジナル製品をたくさん創り出した。世界という広い市場がオリジナル製品の可能性を大きく広げた。この展示システムは世界から注目され、国際展示場として活用されている。カルパの郷は地方ビジネスが世界に直結したビジネス拠点として発展し、多くのビジネスマンが訪れる。地方から世界市場を簡単に狙えるようになった。だから、経費のかかる都会でビジネスをする必要性はなくなり、大都会への一極集中ということもなくなった。これらのビジネス客は飲食店やホテルを利用する。ビジネスマンもカルパの郷に来ることをとても楽しみにしている。こうして、カルパの郷はビジネスの街としても賑わいを見せているのだ。都市機能の地方分散と大動脈流通網によって全国均一発展を可能にしている。

■カルパの郷の警備体制

カルパの郷は国内各地や外国から多様な人々が集まる街だから、安心、安全に過ごせる警備体制は不可欠である。カルパの郷の住民は高齢者が多く、来場者は病人やビジネスマンだ。そして、娯楽や食事、宿泊客なのだから、安らぐ街として役割が大きい。特に外国人は生活習慣やマナー、価値観が違うためトラブルも多い。カルパの郷の警備もハイパーセンターの大事な仕事で、客の安全、安心、快適を実現するために犯罪対策ではなく、抑止対策に重点を置いている。カルパの郷の警備は犯罪が起きてから処理するものではなく、犯罪が起こる前、つまり迷惑行為対策なので、犯罪を取り締まる法律に頼ることができない。ここの警備方法とは、迷惑客はカルパの郷から退去してもらうというシンプルな方法を行っている。カルパの郷の広い敷地の外れに退去者専用施設があり、退去させられた人は警備員に送られてくる。退去させられた旅行者はタクシーなど一般の交通機関を利用して周辺の街まで移動し、宿泊地を探さなければならないのだが、カルパの郷の周辺町に宿泊施設は少ない。やっと探した宿泊施設もカルパの郷で断られた客だと判ると宿泊は難しいだろう。一度、退去処分された客は、カルパの郷の施設内に入ることはできなくなる。また迷惑者情報は全国のカルパの郷で共用されており、何処のカルパの郷も利用できなくなる。この厳しさのため、退去処理までされる人は少ない。このような方法でカルパの郷の安心安全が確保されている。ハイパーセンターでは、マナーを守らない少数の人のために、多くの人に不愉快な思いをさせることがないようにしている。お客様の大切な思い出を守るのも施設側の重要な責務だと考えている。しかし、どんな客であろうと強引に退去させるのは無茶のように思われるが、そのために入場する際には全ての人に誓約書を書いてもらっている。誓約内容に反した場合には退去することを承諾している。誓約書へのサインを拒む人もいるが、その場合は施設内入場をお断りする。厳し過ぎる処理方法だが、行き過ぎた個人の自由や主張がもたらす害について反省し、対応をするようになったのである。

■全国周遊豪華列車プロジェクト

「ピッピッピッ」
老人の腕時計が時間を告げた。晋介と老人は建物の横の通路を通ってカルパの郷の外側に出ると無人タクシーが我々を待っていた。老人がタクシーのドアの前に立つと自動ドアが開き、音声ガイドがお客の確認と行先の確認とルートの説明、到着時間を告げるとスルスルと走り出し、しばらくして駅の裏手にある空き地で停まった。料金は自動精算になっているらしく、我々を降ろすと次の目的地に向かって走り去った。着いた場所は電車の引き込み線になっていて、20本ほどの仕分線があり、その線路上にはお洒落な客車がたくさん停まっていた。歴史を感じさせるデザインや王家専用車のようなデザイン、西部劇風やおとぎの国に走っていそうな楽しい客車などである。客車の周りにはお祭りのように露店が並んでいて、たのしいキャンプ場という感じだ。これが全国周遊ホテル列車プロジェクトだと紹介してくれた。利用者減少に悩んだ鉄道会社が高級ホテル並みに改装された豪華列車を客車一両単位で貸出し、全国の観光地を巡る30日間全国周遊豪華客車の旅を企画した。高齢者時代になり、元気な高齢者は豪華クルーズ船で世界中を旅行したが、さらに高齢になると旅行に行ける体力も気力も失っていった。でも最後は自分の国を旅したいという要望が増えた。そこで鉄道会社は高齢者に優しい旅行を実現したのである。旅の荷物は旅行会社が自宅まで取りに行き、予め客車に積み込んでくれるので、必要なものを全部持って旅に行くことができ、自分の家にいるのと同じ環境で長期間の旅行ができる。さらにペットの同乗も可能にしたら、利用者は爆発的に増えた。旅行と言えば乗り物を乗り継いで行くものだったが、この鉄道旅行では途中で乗り変えるという煩わしさも苦労もない。寝室付きの客車だから、疲れたときはいつでも休むことができる。もし体調が優れないときには医者の往診を受けることができる。だから何の心配もなく旅行を楽しむことができる。乗客の人数制限もないので、各地で親戚や友人を招き、一定区間を一緒に旅することもできるという至れり尽くせりの旅行プロジェクトである。鉄道会社は全国の自治体と協力して駅の傍にリゾート客車専用仕分線を造った。そして、地元のレストランや生産者とタイアップして食事や特産品を提供するリゾート村体制を整えた。こうして全国一周豪華列車の旅が実現し、鉄道会社とお客様と地域とのウインウインの関係が実現した。
さらに鉄道会社は一般宿泊列車も造った。地域でイベントなどがあって宿泊施設が足りない時に、その場所に引込線だけ設けて巨大なホテルを出現させる。レストラン車両や浴場車両、病院車両もあるので、なんの不便もなく利用できる。災害時には臨時宿泊施設として活躍する。さらには、企業が全国営業展開のための移動事務所として自社専用車両を造り、移動を鉄道会社が担当した。
晋介が老人の説明に感心していると「遅かったわね」と女性の声が聞こえた。落ち着いた品の良い女性で老人のお姉さんだという。全国を列車旅行の途中で、老人に逢うために寄ったのだという。晋介もお姉さんに招かれて英国風の客車の中に入った。客車の中はホテルの部屋というより、センスの良い部屋という感じだ。部屋の片隅に描きかけの油絵があった。お姉さんが旅をしながら描いているのだという。そして、愛犬も一緒に旅をしている。貸し切り客車だからできることだ。行き先々で、地元の美味しい料理が用意されていて、列車の中までデリバリーしてくれる。だから他のお客さんを気にすることなく、自宅で食べているような気軽な雰囲気で食事を楽しむことができる。友人やお客さんを招いての食事も自由なので、中々会うことのできない人とのお食事会もできる。掃除や洗濯もしてくれるので移動する高級貸し切りホテルといったところだ。まもなく、地域のレストランから地域特産の食事が運ばれてきた。食事をしながら晋介は凄い費用がかかるだろうと考えていたら、このプロジェクトの費用は投資物件として世界からの投資で成り立っていると教えられた。

■歩行者を守る鋼鉄安全ポールと世界貢献

老人が周辺の町へも行ってみようということになり、一般タクシーを呼んだ。昔ながらの地方都市では無人タクシーは少なく、一般のタクシーが主流だ。一般の街のタクシーは単なる移送サービスではない。市民のコンサルタント的な役割も果たしている。一人住まいの高齢者にとって話し相手、相談相手になってくれるタクシーは貴重だった。高齢者は少々記憶も薄れ、タクシーに乗った目的も定かでなくなることがある。精神的サポートは自動運転タクシーに望むことはできない。最近の自動車は安全装置付が多くなってきたが、まだまだ安全装置なしの車が多いため車の事故は相変わらず多い。それに事故は運転ミスだけではなく、故意に危険運転をするドライバーも後を絶たないため、あらゆることに対応できる一般タクシーが多いのである。
私達が交差点辺りを歩いている時、交差点に猛スピードでトラックが侵入してきた。右折しようとしていたトラックは曲がり切れずに、私達を目掛けて突っ込んできた。危ないと思ったとき、私はポールの陰に引っ張り込まれた。同時に、暴走トラックはポールに激突した。私はポールごとなぎ倒されると思って目をつぶった。しかし、ポールは倒れることなく、暴走トラックは大破し、歩道に乗り上げる事なく止まっている。まもなく運転手は救急車で運ばれた。私は歩道の傍に立っているカラフルなポールの丈夫さに驚いた。
老人が教えてくれた。このポールは特殊鋼鉄製で重量は30トンある。だから学校で教わったように30トンまでの車両は止められる。このポールは交差点や横断歩道のあるところに設置されている。運転手には気の毒だが、何の落ち度もない歩行者を守る事を優先した。このポールを設置してから歩行者が暴走車両になぎ倒されるという事故は無くなったし、運転手にも緊張感が出て、事故は激減したという。
老人は更に話してくれた。このポールは単に歩行者を守るだけではないのだよ。国の安全を守るという大切な役割もある。製鉄業は国を守る大切な基幹産業だ。この産業を守るために、国が製鉄会社から鋼鉄ポールを買い上げ、自治体に貸し出している。自治体はこのポールを使うことで、少ない予算で市民の安全を守ることができている。国も鋼鉄ポールの費用を回収できるので、予算の拡大をしないで基幹産業を支えることができた。さらに、この鋼鉄ポールは国の鉄鋼備蓄の役割を担っている。鉄鋼の材料を輸入に頼っている我が国では、鉄鋼の備蓄は大事な国家事業である。過去の歴史で、鉄鋼の不足が国の運命を左右した経験を持っていた。特殊鋼に製鉄済みの鋼材は直ぐに製品加工できるので、緊急時の対応が早い。鋼材が必要となった時は、国は歩道から鋼鉄ポールを回収して、製鉄会社に再販売する。歩道から回収した後には、コンクリートポールを代わりに設置するのだが、運転手は鋼鉄ポールとの区別はできないから、安全運転の効果は変わらず維持できる。鉄鋼備蓄ができるようになったことで、国家の安全が保持されたのである。
さらに、この特殊鋼ポールは世界の安全にも役立っているという。すべての国において、国家の最大のテーマは防衛力、軍事力を持っていることだ。自国の武器を他国に頼っていたのでは、その国の支配下にあることになる。武器の輸入国とは、武器の性能の差と輸入制限で押さえられるので逆らえなくなる。自国で武器を製造できるということは国家防衛上大切なことだ。と言っても武器に使う鋼材は特殊鋼なので開発途上国が簡単に製鉄できるものではないし、製造能力もない。全ての国が自立できることが、自由社会の基本だ。開発途上国からの要請で、この特殊鋼ポールを輸出している。
基本的な目的は、国民を交通事故から守るための安全ポールの輸出である。開発途上国の急激な車社会の発展は、悲惨な交通事故が多発していた。通常は国民を交通事故から守るための安全ポールとして機能する。いざという時は直ぐに回収し、加工するというシステムだ。わが国は同時に特殊鋼を製品に加工するプラントも輸出している。こうして自国防衛と国民安全の両方を可能にしたのだ。もちろんその国と我が国は友好国としての絆ができた。我が国の製鉄業界も安定した製造と販売が実現し、国の基幹産業を支えることができているのだ。

■情報カフェプロジェクトと高齢者生き甲斐プロジェクト

晋介と老人は住宅街の中にポツンとある小さな喫茶店に入った。一般住宅を改装したような造りだった。「いらっしゃいませ」と出迎えてくれたのは初老のマスター。物静かで、気品があり、落ち着いたダークスーツに蝶ネクタイがとても似合っている。店内には数人のお客が本を読みながら珈琲を飲んでいる。カウンターではお客がマスターになにやら相談している。マスターの後ろの棚には、グラスや珈琲豆に交じって電子機器が並んでいる。壁面の大型テレビには観たことのないニュース番組が流れていて、SF映画に出てきそうな不思議な雰囲気の喫茶店だった。老人は「ここは国民にとっても、高齢者にとっても重要な情報カフェだよ」と教えてくれた。

■情報カフェプロジェクト

情報は国民にとっても、国にとっても重要なもので、その情報は正しいものでなければならないのは当然だが、世の中はフェイク情報や間違った情報で溢れている。間違っているだけならまだいいのだが、作為的に仕組まれたフェイク情報が多い。フェイク情報は長い時間をかけて国民を洗脳し、革命思想を埋め込んでいく。メビウス国にも革命思想が広がっていた。教育、法曹、芸術、文化、芸能、宗教、出版、報道、行政等々あらゆる分野に広がり、フェイク情報を仕組んだ狡猾な組織は政府の中枢にまで入り込んでいた。国民は時として、その時の気分と勢いだけで行動することがある。そして、まさか実現してしまうとは思わなかったということも起こる。メビウス国の革命思想はマスコミが中心となって国民を洗脳していた。ニュースを見ない若者にはタレントを通して革命思想が広められた。政府が危険な革命思想に立ち向かおうとした時には、すでに手遅れになっていた。マスコミを始め芸能界や学校関係や企業関係は手を付けられない位に革命思想が広がっていた。政府広報としての手段はすべて奪われていた。政府は正しい情報を伝える手段を模索した。通信技術の発展は目覚しかったが、国民の情報リテラシーが未熟だった。政府は情報を正しく判断するための情報リテラシーの普及に重点を置いた。そこで行われたのが情報カフェプロジェクトだった。
情報カフェプロジェクトはマルチな目的を持ったプロジェクトである。プロジェクトは政府が管理する総合情報センターと全国各地にたくさんある小さな情報カフェとのネットワークだ。地域にある情報カフェは、自宅や空き家、空き店舗を改装して作った小さな喫茶店。情報カフェを経営するのは、カフェをやってみたいという地方の希望者で、指定する講習を受けた情報資格者。このカフェが提供するものは「おいしい珈琲と生活情報と正しい情報」。情報カフェは高齢者生活のサポートを行うことを主としているので、自然に高齢者の消費情報が集まる。この情報は登録されている地元企業に提供される。これらから得られる受注額は大きく、地元企業にとって重要な営業拠点となっている。しかも、営業経費を掛けずに、信頼のおける受注を得られるようになったので、お客の満足の得られる価格で受注可能になった。総合情報センターが得る手数料収入は、ネットワーク全体を支える資金となって、全国の情報カフェに再分配される。この仕組みによって情報カフェは珈琲の売り上げだけでも経営が成り立つようになっている。

■高齢者の生き甲斐プロジェクト

全国の情報カフェは高齢者の生き甲斐づくりも目的になっている。高齢者は仕事を引退して年金暮らし。家族はみんな独立してしまって夫婦二人暮らし。毎日をなんとなく時間を潰して過ごしている。引退したとはいえ、まだまだ元気だし、先は長い。世間では余生と言われるが、余った人生でもなければ余分な人生でもない。こうして暮らしていられるのも社会のお陰である。せめて社会に役立ち、少しでも価値ある人生を送りたいと考える人がいる。家を改装して喫茶店を経営したいという夢を持っている人は結構多い。しかし、喫茶店の経験もなく、経営ノウハウもないのでは、成功できるものではない。それに小さな町の喫茶店なんて儲からないだろう。しかし、儲からなくてもいい、潰れないでやっていけたら自分の夢が実現できるだけ儲けもんだと思う人がいる。このような人達で情報カフェネットワークは構築されている。こうして高齢者の生き甲斐と地域の活性化と我が国の情報リテラシーが実現したと説明してくれた。
さらに老人はいろんな例を紹介してくれた。
高齢の男性の相談の事例を話してくれた。ある日、身に覚えのない封書が来たが、怖くて開封できない。子供とは離れて暮らしているので相談もできない。といって内容がわからないのに知人に相談もできない。なぜなら家の恥になるようなことかも知れないのだ。思い悩んだ高齢者は、なじみになっていた喫茶店に相談した。相談を受けたマスターは早速封筒を開けて中身を確認した。中には裁判所の書類らしきものが一枚入っていた。マスターはその書類をパソコンで総合情報センターに送った。それからおもむろに珈琲を淹れはじめた。薫り高い珈琲をカップに注いだ頃に、総合情報センターから回答が届いた。回答書の内容は全国で多数発生している詐欺手紙であるとのことだった。マスターはお客にそのことと処理方法を伝えた。この事例のように高齢者を狙った「オレオレ詐欺」は形を変えて蔓延しており、一般の人でも詐欺だと解らないほど巧妙になっている。マスターは高齢者を狙った詐欺があればあるほど、お店は繁盛しますと苦笑いした。
次の事例は一人暮らしの女性から家の修理の相談があった時の話である。
家族で暮らしていた家も一人暮らしになって広過ぎる。暖房費のかからない小さな家にしたいのだけれど、どうすれば良いのかもわからないし、何処に相談したら良いのかもわからない。知人の話だと、悪質な業者もいて高額な修理代を請求されたということも聞いており、怖くて知らない業者には頼めないし、といって知っている業者もない。この店なら珈琲を飲みながら気軽に相談ができると聞いて来店したのだという。早速マスターはパソコンを操作してから、珈琲を淹れはじめた。まもなく総合情報センターから回答が来た。改装の提案が数点とその参考見積もり、そして地域の建築会社を数社紹介してきた。マスターがお客に回答書を渡し、ゆっくり相談してくださいと言ったが、相談する相手もいないし、すぐに工事をしたいということで、業者に連絡をし、店に来てもらい、マスターも参加して詳細を決定した。工事代金の支払いに関しては総合情報センターから請求書が届くので総合情報センターに振り込んでくださいと伝えた。それから数日後、そのお客はお礼のためにまた来店した。工事は丁寧で余分な工事は一切なく、仕上がりはとても満足のいくものだったという。さらに請求書を見て驚いたのは、高齢者住宅の工事ということで町の補助金制度と国の補助金制度を申請してくれていて、予想もしていなかった低予算で済んだと感謝された。この時紹介された地元の業者は、総合情報センターに登録されている業者で、利用者の評価情報も管理され、基準を超えた業者のみが紹介される。工事業者は営業経費を掛けず、集金の心配もすることもなく、地元の効率の良い仕事の受注が可能になった。
その次の事例は、ニュースに関するものだった。
来店したのは会社経営者の男性だった。ビジネスをしている男性にとって、情報やニュースは欠かせないものだ。しかし、最近の新聞やテレビの偏向報道に不満を感じている。頼りのインターネット情報はもっとひどく、フェイクニュースで溢れていた。そこで情報カフェなら正しい情報が入るのではないかと思って来店したという。情報カフェには政府監修の情報があり、資格を持つマスターが解りやすく解説をしてくれる。この情報は国会の監視下にあり、もし誤った情報や政府に都合の良い情報を提供したならば、即時に国会で追及されることになるので、正しい情報だけが提供される。情報はそれぞれの立場で解釈が変わるものだから、対立しているニュースは全ての意見を公平に提供しているので、フェイクニュースとの見極めが簡単にできる。店内のモニターに放映されているニュースは政府広報をわかりやすくした内容である。ネットでも配信されており、自分の見たい話題を自由に知ることができる。ネットではニュースに意見を投稿することができ、その意見はAIで分析・集計され、国民全体の意見をリアルタイムで知ることができるようになっている。しかも、基本データに希望のキーワードで集計することが可能になっている。このシステムのお陰で、自分の知りたい情報を簡単に得られるようになったと喜ばれた。
役所から来る書類に関する相談者も多いという。高齢になると役所から様々な書類が来る。助成するとか、支援するとかいった案内も来るが、それぞれ難解な条件と複雑な手続きがあるため、受け取った高齢者には理解できない。同居家族がいれば家族が判断してくれるが、高齢者家族や高齢単身者には理解できない。そのような相談も情報カフェは相談に乗ってくれる。役所が書類を発行するときには、事前に情報カフェに詳細の報告があり、役所に代わって相談を受けることができる。情報カフェのマスターは、高齢者から相談を受けると、本人の立場でわかりやすく説明し、手続きの手伝いもする。高齢者もコーヒー一杯を飲めば無料で相談できるので気軽に利用できる。情報カフェはあらゆる相談に対応してくれる。健康情報、生き甲斐情報、法律相談、葬儀相談、宗教相談、資産運用相談、不動産相談、相続相談、病院相談、高齢者施設相談、老後の暮らし方相談、生活用品情報、終活相談などあらゆる相談に応じて、具体的な回答をくれる。
例えば電化製品の使い方からメンテナンスの方法や買い替え相談など具体的に相談できるのである。晋介は、住宅地にある小さな喫茶店が国の重要な役割を果たしていること。さらにそれを支えているのが全国の高齢者であることに驚いていた。

■最後の夜

今日は疲れたでしょうと老人は晋介に尋ねた。晋介にとっては、カルチャーショックの連続の一日だった。しかし、聞きたい事はまだまだ山ほどある。
晋介は老人にお願いした。
「もう少しだけ時間を頂けないでしょうか?」
「それじゃ私のお気に入りの場所に行きましょう」
案内されたのはセンターホールの最上階にある展望レストラン。天井全体がガラスになっていて、満天の星空を見ることができる。不思議なもので星空、つまり宇宙を観ていると人間の気持ちというものは大きくなる。晋介は体の疲れも頭の疲れも夜空に吸い込まれて、癒されていくのを感じた。晋介は子供の頃を思い出していた。晋介は宇宙が大好きな子供だった。だからいつも、夜空を見上げているのが大好きだった。晋介が官邸に努めた頃からは夜空を観るなんてことはなくなっていた。もっとも都会で夜空を見ることは難しく、都会の明るさで星なんて観ることもできない。満天の星空は街の灯りの少ない地方だけの特典だ。星の数ってこんなに多いのかと改めて感動していた。時折、流れ星が長く輝いて消えていく。私たちは宇宙の中で生きているのだということを実感する。それなのに小さな惑星の中で争っているなんてなんて情けない話だと思った。それどころか、自分の国のことすら解決方法がなくて、今もこうして悩んでいる。それでも、星空を眺めていると自分の心の視野が広がっていくような気がした。

■人間とロボットの関係

晋介が老人との話に夢中になっていると、「温かいコーヒーはいかがでしょうか?」とウエートレスが声を掛けてきた。晋介はウエートレスの方を振り向いた。晋介がこの国に来てから、無人タクシーや自動受付、自動案内、自動精算など様々な自動化システムを体験してきた。この国も人口減少で、単純な労働現場では人手不足を解決するためにロボットを採用している。晋介はウエートレスの精巧さに驚いて、じろじろと見た。晋介の態度を見て老人は失礼だよと注意した。 彼女は本物の人間だったのである。老人は人間とロボットの違いについて話してくれた。作業をしたり、計算処理をしたり、監視したりする作業はロボットでもいいが、人と接する仕事は人間でなければならないという。ロボットは過去の経験値から最適地を割り出し、確実に実践してくれるだけである。人間とロボットの決定的な違いは、人間が心を持っているということだ。しかも個性的で、創造的で、行動予測はできないということだ。人間同士の交流は、魂との交流であり、心と心のふれあいだ。人間と交流できるのは同じ人間にしかできない。人間は確かにミスや間違いをする。 でも、それを許しあえるから心と心が触れ合い、優しさを感じることができる。この優しさに触れ合えることが人間にとって最高の幸せなのだ。だから、接客サービスは人間にしかできない大切な仕事だと教えてくれた。晋介は、あわてて立ち上がり、ウエートレスに深々と頭を下げお詫びをした。ウエートレスはにこやかに笑って言った。
「パーフェクト・ヒューマン!」
その言葉に、三人は大笑いした。そして老人は言葉を付け加えた。人を大切に、個性を大切にするのは、メビウス思考の大切な考え方だと教えてくれた。

■カルパの郷の誕生

晋介は老人に尋ねた。
「このカルパの郷はハイパーセンターが重要な役割を果たしていることはわかりました。私たちの国の行政機関とは、少し違うような気がします。ハイパーセンターを理解しないとメビウス国を理解することはできないと思いました。ぜひハイパーセンターについて詳しく教えてください。」
老人はゆっくりと話し始めた。なぜカルパの郷を創ったのかを話してくれた。以前は大都市への一極集中が起こり、企業も人も大都会にばかり集中していた。ローカルは若者が出て行き、高齢者ばかりの町となっていた。農業においても後継者なしで廃業する農家が増えていた。財政で苦しい地方自治体では高齢者対策、医療施設、防災対策など生産性のない支出ばかりで、住民サービスの低下は著しかった。特に問題だったのは災害対策だった。災害に備えて用意する食料や飲料水や備品等を備える予算を確保することができなくなっていた。自治体と地方の住民は沈痛のうちに暗黙の了解をした。それは、災害発生時には各自の責任で逃げ延びてくれというものだった。地方崩壊は目の前だったのである。このような状況は一部の地方だけでなく、全国的に同じだった。そこで政府は思い切ったプロジェクトを立ち上げた。それがカルパの郷プロジェクト。全国12カ所で同時に立ち上げた。予算は国家予算を超えるものだった。しかし、地方にも国家にも迷っている余地はなかった。しかし、好循環プロジェクトとの効果は素晴らしいものだった。魔法でも使ったのかというように、驚くような小予算で実現できた。しかも現在では、カルパの郷プロジェクトから利益を生み出すまでになっている。説明を聞いても、晋介は信じられなかった。国家プロジェクトが利益を生み出したということは聞いたことがなかったからである。しかし、この老人が嘘を言う訳もない。晋介はこのプロジェクトの仕組みを詳しく知りたかった。

■カルパの郷の意味

「カルパの郷という名前はどういう意味があるのですか?」と老人に尋ねた。
ある国の昔話にカルパの木の物語というのがある。この木はどこにでもあるような普通の大きな木なのだが、この木の下で思ったことはどんなことでも実現すると言われている。暑い夏の日に一人の若い旅人が長旅と陽射しの強さに疲れはて、大きな木の下でひと休みをした。この大きな木の木陰はとても涼しく、涼しい風が吹いていて気持ちがよかった。しばらく涼んでいた若い旅人はふと思った。「ああ、生き返ったよ。でも、ここに柔らかいベッドがあったら、もっと身体が休まることだろう」すると、どこからともなく、柔らかい大きなベッドが現れた。若い旅人は驚きながらも、そのベッドに横になった。ふかふかのベッドに横たわり、その寝心地の良さを楽しんだ。しばらくすると、若い旅人は、なにか物足りなさを感じはじめ、そして思った。「ああ、ここに若い女性が一緒に居てくれたら、どんなに素晴らしいだろうか」すると、何処からともなく、若くて美しい女性が現れた。若い旅人はその女性の美しさに驚いて思った。「こんな夢のようなことはあるはずがない。きっと、この女性は恐ろしい虎になって私を食べてしまうのではないだろうか」すると、美しい女性は突然恐ろしい虎に変身して、若い旅人を食べてしまったのである。これがどんな願いでも叶うカルパの木の物語である。良い願いも叶うし、悪い願いも叶う。良くなるも悪くなるも自分の気持ち次第だという教えなのである。私たちは不平不満や悲観するのをやめて、希望をしっかりと見つめ、信じて頑張っていこうということで、この新しい街に「カルパの郷」と名付けた。私たちはいつもカルパの木の下にいるのだという事を忘れないためだという。
老人の話を聞いて、晋介は自分の心が見透かされたような気がした。自分はいつもこうありたいという願いを持って頑張っている。しかしその反面、失敗したらどうしようと、いつも思い悩んでいる。いや、それ以上に失敗の事ばかり考えている。今だって、新しい経済システムなんか見つからないだろうと思っている。だから、見つからないのかも知れない。自分で自分の願いに封印をしているのだと思った。晋介の心に老人の言葉が深く突き刺さった。
晋介は昔読んだ本のことを思い出していた。「成功できない理由は、成功を目の前にしてあきらめてしまうからだ。成功する人は、達成するまで絶対にあきらめない」世界の発明王エジソンだって電球を作るために六千種類の材料を試したが成功できなかったが、その結果得られた情報から今度は千二百種類の竹を試し、最後に日本の竹に辿りつき、白熱電球は完成したという。この気の遠くなるような実験を続けられたのは、エジソンの頭の中には、完成した電球のイメージがあったからだろう。目標が見えていれば、実験の失敗は失敗ではなく、成功に近づいていると考えられる。だから途中であきらめることなく、研究を続けることができたのだと思う。晋介は明確な目標を持つ事の大切さを感じていた。

■世界経済の苦悩

世界的に不況と言われながらも一部の企業や投資家は儲かっていた。世界の貧富の差は限界まで広がった。自由市場経済の限界であり、資本主義経済の崩壊だった。理由は労働分配システムの崩壊である。世界のお金は一部の所に集中してしまい、労働者の生活は苦しくなったため、市場は動かなくなり、資本主義のシステム全体が崩壊したのだ。そこで、メビウス思考を基本としたメビウス経済システムが動き始め、カルパの郷プロジェクトがスタートした。政府主導で動き始め、民間企業スタイルで運営された。その基盤となったのが、カルパの郷の管理運営を担うハイパーセンターである。スタッフは「稼ぐ国家公務員」と言われる特殊公務員。公務員の仕事に満足のできないエリート公務員達である。
カルパの郷プロジェクトは政府主導ではあるが、草の根プロジェクト、つまり地方から繁栄させていく方法を行っている。全国12ヶ所にカルパの郷を構築することとした。拠点周辺の地方自治体は、使われていない土地を提供し、ハイパーセンターは提供された土地を調整し、一つの大きな土地にした。従来の地方自治体の形態を変えて、新しい自治体を目指した。地方自治体の悩みは沢山ある。特に大変な課題は住民の高齢化と人口減少、介護施設及び施設の人材確保、病院施設及び医師の確保、さらには災害対策があったが予算的に諦めざる得ない状況だった。しかし、これらの難問がカルパの郷によって、魔法のように解決したのだった。災害対策も解決した。自治体の人口減少も解決した。地方の高度医療問題も解決した。地方の企業誘致も実現し、若者の地元就職も実現した。小さな地方自治体も実現した。地方が活気付き、そして全国が活気づいた。晋介は夢のように課題が解決したことに驚いた。老人は「これもメビウス効果だよ」と言った。

■新しい投資ルールの誕生

起業家の多くは、仕事を通して社会に貢献することを喜びとした。社員も同じように、経営理念に沿って、意欲をもって働いた。それが、豊かな社会を築いてきた。企業も労働者も社会の一員として、相互扶助の仕組みを構成した。しかし、時代は変わった。企業は株式、つまり投資によって運営されている。投資家は経営に参画して、投資した資金がより安全に、より有利に運用され、大きな配当を得られるようにした。企業は投資家にとって、利益を得るための道具でしかなかったし、労働者は、企業を運用するための設備でしかなかった。企業の本来の目的である社会に生産物やサービスを提供することではなく、投資家のために利益を生み出すことが目的となった。創業理念はなくなり、長期ビジョンもなくなった。社長は投資家に都合の良い、雇われ社長である。当然のことながら創業社長のような企業熱意はない。経営者は、労働者とロボットを比較し、生産コスト計算をする。労働者も愛社精神はなくなり、より高い賃金を得ることしか考えない。労働者の勤労意欲は無くなり、企業の生産性はどんどん下がっていった。企業に悪循環システムが回り始め、衰退に向かっていく。資本主義経済に陰りが見えてきた。この困難な状況を解決したのがメビウス哲学である。人々の新しい価値観が世の中の仕組みを作り変え始めた。世界の資本主義経済からメビウス経済への転換が行われた。企業においては、投資家と事業者の立場を明確にし、投資家が経営に参加することを禁止した。事業者は事業発展を目指すという、本来の在り方に戻ることができた。労働者も働く意欲を取り戻した。そのお陰で、企業は再び成長し始めたのである。企業は安定して成長し、投資家にとっても良い投資案件となった。奪い合うことから、与え合うことへの転換が好循環を起こし、ウインウインの関係をつくったのである。

■地方自治体が変わる

人口減少、高齢化、税収減少など過疎化で地方崩壊が目前だった地方の街が活気を取り戻した。といっても地方自治体が特別な方法を行った訳ではない。地方の収入が増えた訳でもない。特に何も変った訳ではない。変わったことは一つだけだ。地方自治体の予算の大半を占めていた高齢者関連負担、医療関係負担、防災負担が大幅に減少したのである。カルパの郷の誕生によって、地方自治体は財政にゆとりが生まれ、住み良い地方を実現できた。カルパの施設は、我が街の施設として使えるので、住民サービスは大幅に向上する。住みよい街からは若者が流出することもなく、人口減少に悩むこともない。それは同時に企業にとっても良い労働人材となり、企業進出も増加し、ウインウインの関係ができた。カルパの郷は世界と繋がっている国際展示施設になっており、ビジネスにとって大きなチャンスの場となっている。カルパの郷によって、地方は過去の地方ではなく、カルパの郷ネットワークによってイコール全国である。大学や企業の研究施設が集まり、知の集約が行われている。特に高齢者関係、住宅関係、先端医療関係にとって最適な場所となっている。地方自治体は土地を貸し出すということだけで住民サービスを向上させることができた。

■カルパの郷を支えるハイパーセンター

ハイパーセンターはカルパの郷の頭脳であり、全体のコントロールセンターである。ハイパーセンターがなければカルパの郷は機能しない。事業内容は営利事業を行なうが、ハイパーセンターは公益組織である。利益の全てはカルパの郷の運営費用に充てられている。カルパの郷自体が収益を上げているので、国の予算は必要としていない。全国に12のカルパの郷があり、それを統括する組織がカルパ統括機構。全体の収支を管理し、必要に応じて全国のカルパの郷に再分配する。カルパの郷は地域に適した構成をしている。収益を考えているのではなく、地域振興に最適なスタイルを考えて決めている。最適なスタイルを維持するために、利益を再分配している。営利目的ではなく非営利組織だから再分配が可能なのである。

■カルパの郷の運営システムの秘密

晋介はカルパの郷のシステムの素晴らしさに驚いていた。全てが繋がって機能している。晋介は、全体でひとつの意思を持っている生命体のようですねと言った。老人は良く分かりましたねと言って説明してくれた。カルパの郷は一人の女性の意思で運営されている。そして、その女性をサポートするスタッフで構成されている。なぜ組織的に運営しないのかというと、機能追求を重視していると社会の本質を破壊することを経験してきた。協議制も検討したが、協議制ではコンピュータ管理と同じ事が起こる。どんなにコンピュータが進んでも、人間の心は実現できない。だから、ひとりの女性の意思で運営することを選んだという。素晴らしい人間であっても間違いはおきる。でも私たちは互いに許しあえる緩やかな組織運営を選んだ。カルパの郷に来ると母親の懐にいるような安らぎを感じると言われるのはそのためだという。いつもにこやかに話てくれる老人だったが、今日はいつもと違っていた。その真剣な眼差しに、晋介も緊張していた。

★第3章 プロジェクト編

老人は真剣な眼差しで晋介に言った。カルパの郷プロジェクトは全国の隅々まで発展させるための街づくり構想です。都会への一極集中を解消し、全国を均一に発展させるプロジェクトです。しかしカルパの郷はたくさんのプロジェクトの中の一つに過ぎないのです。我が国は人口問題や経済問題、災害問題だけではなく、大きな国際問題も抱えています。我が国を救い、繁栄させた大事なプロジェクトの話をしましょう。ひとつひとつ詳しく話していたら、いくら時間があっても足りません。それに計画というものは、条件が変われば内容も変わりますので、基本だけ憶えてくれればいいと言って、プロジェクトの説明をはじめた。

■地方移住促進プロジェクト

最初に地方の過疎化解決のプロジェクトの話をしてくれた。この国も、都会への一極集中が起こり、地方の崩壊が起こった。地方の過疎化は同時に地方の高齢化であり、負担ばかりで税収のない行政運営という地方崩壊が進行していた。それは同時に、食料生産などの一次産業の崩壊を意味し、国の基盤を揺るがすものだった。
一方、高齢者の都会暮らしも快適なものとは言えなかった。老後は自然の中で人間らしく暮らしたいという人も多い。マスコミの情報を信じて、田舎に行って見たら、情報とは違っていた。自治体も積極的に移住希望者を募って説明会を開いたが、移住者を獲得できるまでになっていない。その理由は、田舎の魅力不足で移住を決定づけることができなかった。不便こそが田舎の魅力なのだが、その魅力を訴求できていなかった。役所やマスコミや旅行代理店が薦めても、信頼感がなかったからである。ある田舎の自治体の担当者が「ふるさとライブチャット」を開設した。この担当者は、人間が田舎の魅力ということで、移住希望者と住民を直接結び付けることを考えた。初めての人でも参加できるように、グループチャット機能を採用した。グループチャットとは数人で井戸端会議のように話し合うシステム。テレビ電話のように、相手の顔を見ながら、画面に向かって話しかけるだけで利用できる。話し下手の人はただ聞いているだけで良かった。慣れてきてから会話に参加すればいいという気楽なチャットである。信頼性を担保するために、チャットは会員制で実名登録、使用料は無料である。チャットをやってみて解ったのは情報の伝える人によって伝わり方が違うという事だった。役場が病院まで30分だと説明すれば「病院まで30分もかかるのか」と不安になる。ところが親しくなった友人が説明すれば「30分あれば病院がある」と安心する。地元の人が説明すると移住決定率は格段に高くなった。このシステムの可能性に自信を持った担当者は全国展開を仕掛けた。
運営は地方自治体の共同組織。参加は無料だが実名登録で各自治体が確認をする。絶対安全・安心を実現したので、誰でも自由に安心して参加できた。地方で参加してくれる住民には、移住促進特務員としてインターネット機器を提供した。システム運営費を得るために、サイトに広告を募集したところ、参加自治体の特産品広告や自治体広告、そして企業広告が競って申し込みがあった。広告収入によって、サイトは充実し、安全性はさらに向上した。都会の移住希望者は、地域のリアルな情報が喜ばれた。そして、チャットを通じて、その人と親しくなり、生涯の友となった。また移住だけでなく、信頼できる友として、人生相談も盛んになった。ライブチャットの信頼感と距離感が不思議な安心感をつくる。それが心の友となり、悩みから立ち直った人も多い。ライブチャットは高齢者にとって重要なコミュニケーションツールとなった。高齢者に話し合う友ができたことで、高齢者を狙った詐欺に騙される人がなくなった。「ふるさとライブチャット」で多くの課題を解決することができた。このプロジェクトには二次的効果が生れた。高齢者のサポートは、個々に対応しなければならず、地方自治体にとって大変な作業となっていた。若い人ならばインターネットを利用して、個々に対応するのは難しくなかったが、高齢者には無理な要求だった。ところがライブチャットを利用することで、高齢者がパソコンやタブレットの使い方を習得したので、インターネットによる高齢者サポートが可能になった。懸案だった効率的でキメの細かい遠隔サポートも実現した。カルパの郷の医療センターと連携した遠隔医療診断も実現した。これで孤独高齢者対策、地方移住者促進、高齢者サポートのIT化が実現できたのである。

■小さなアイデアで地域振興と開発途上国の自立支援

晋介は、この国は小さな企業が多いと感じていた。だから地方にまで経済発展の恩恵が行き渡っているのだと思った。メビウス国では個人のアイデアが物凄い勢いで商品化されていた。晋介はこの国の商品開発スピードに興味があった。商品開発が簡単では無いことは仕事柄よく分かっていた。アイデアと技術と資金と流通をスムーズにリンクさせるというのは簡単なことではない。晋介は素晴らしいアイデアが頓挫した例を山ほど見てきた。ここではどんな仕組みで開発され商品化されたのかと老人に質問した。この仕組みが出来上がったのはメビウス思考が始まって間もなくのことだという。 資本主義が破綻してから企業システムも社会システムも機能しなくなり、人間関係もバラバラになった。そこで政府はメビウス思考の普及を実施した。次第に人々の価値観が変わり、新しいプロジェクトが動き始めた。その中で最も特徴的なのがアイデア産業振興機構である。誰かのアイデアが商品となって世の中に出て行くには多くの難関をくぐらなければならない。最初に秘密裏にアイデアを練り、実験をしながら完成度を上げる。そして資金を集め、試作品を作り、テストを重ねて完成させる。高いお金を掛けて特許を取得し、こっそりと協力企業と資金提供者を探し、起業する。商品を作り、販売網を作り、高額な宣伝をし、全国に販売する。独り善がりで開発した商品が売れる保証なんてどこにもない。失敗したら破綻するかもしれないという大きなリスクを抱える。アイデアを商品化するなんてこんなに大変なことなのだ。こんなことが簡単にできるわけがないと思っている。それが、信頼だけでできたということに驚いた。このシステムの最も主要なところはアイデア産業振興機構だ。ここが大きな権限を持っており、監視と取締りができ、信頼を維持できるようになっている。これまで、アイデアは盗まれるものと相場が決まっていた。他人のアイデアをちょっと変えて、新しいアイデアとして登録するズル賢いことは当たり前だった。だからアイデアを完成させ、特許権を取得してからでないと他の人に相談することができなかった。
ところがアイデア産業振興機構ができてからは一変した。すべての権利が登録なしで認められ守られる。未熟なアイデアも貢献度で評価される。例えば子供の思い付きでも正しく評価され、商品化された時には貢献度に従って利益配分がされる。未熟なアイデアでもそのアイデアを更にレベルアップしてくれる技術者がいて、開発に協力してくれる研究所があり、試作品を作ってくれる企業があり、より使いやすくしてくれる工業デザイナーがおり、製造してくれる会社、資金を提供してくれる投資家、販売を担当してくれる人などが協力して商品化する。それぞれが得意とする専門分野だけを担当し、それに見合った利益配当を得るというシステムになっている。メビウス思想により共同連携が生産性と質の向上と生活を守る方法だと知ったのだと教えてくれた。このシステムに参加する人ヲ多く、機構には数多くの人や企業や研究所や投資家等が会員登録をしている。会員には機構から届けられる様々な情報からチョイスして参加する。アイデア産業開発機構は単なる情報の収集と提供だけじゃなく、アイデア開発のプロデュースが主たる業務。ここのスタッフは絶対信頼に応えられる人達しかなれない。この信頼のおけるスタッフがこのプロジェクトの成功の鍵なのだ。なんと言ってもお金儲けの宝箱の中にいるのだから、強い正義感を持ち、誘惑に負けない人達でなければならない。アイデア産業振興機構が出来てからは、あらゆる街からアイデアが集まり、凄い勢いで起業が起こった。小さな利益を分け合う事で街全体が発展したのだ。何処にでも育ちきれないアイデアは山ほどある。それをビジネス化することを可能にしたのは「信頼」という二文字だという。この信頼が好循環を起こしたのだ。

■アイデアだけで開発途上国の自立支援と世界平和

アイデアだけで街が発展するというシステムを開発途上国で展開した。開発途上国の若者にアイデア開発の手法を教えた。彼らは自分たちの暮らしの中で不便なものはないかと考え始めた。そりゃ開発途上国だ。不便なもの、開発の素材は山ほどあった。でも、そのアイデアをレベルアップし、商品化するだけの知識も企業もない。その足りない部分を我が国の人達や企業、投資家がお手伝いをした。我が国の企業も投資家もビジネス参加を喜んだ。開発途上国の国民の収入も増え、そして安定し、生活も向上していった。我が国の支援で工場も立ち、雇用も増え、国の発展の起爆剤となった。なによりも大切なことは自分たちの力で発展させる支援。支援された国が支援国に利用されたり、借金漬けにされたり、それを理由に侵略されるような事があってはならない。あくまでも途上国主体の支援でなければならない。このプロジェクトのお陰で、この国と我が国は友好国となり、世界平和の礎になっている。晋介は信頼というキーワードだけで世界貢献と世界平和にまで発展することに驚いた。老人は言った。このシステムには何処にも無理はない。好循環で組まれたシステムは発展するしかない。これがメビウスの基本理念だと言った。川の水が流れるように、大きくなりながら大海へ、世界へと流れていくのだという。

■家庭用シェルタープロジェクト

世界中が自然の猛威に打ちのめされていた。地震、落雷、竜巻、火災、土砂崩れ、火砕流、台風、水害、河川氾濫、津波・・・その他にも、公害、放射能、疫病、毒ガス、強盗、テロ、暴動等と多岐に渡っていた。今まで経験したことのない大きな規模の災害だった。だから、どんな巨大な防災設備も大自然に敵うわけがない。そのことは住民も知っていたが、国に対策を求めたことと巨額の国家予算に群がった業者によって計画は推し進められた。海岸線はSF映画の要塞都市のようになり、美しい海岸の風景は過去のものとなった。住民は海を隔てる巨大な鉄の壁の前で、失ったものの大きさに自分たちの行動を後悔したという。
瓦礫となった街を見て気が付いた。家は流されて何も残らなかったが、コンクリートで出来ていた床は無事だった。地下なら安全かも知れないと考えた。それから地下シェルターの研究が始まった。地下なら土と地下水に守られて核兵器の放射線からも守られる。逃げようのなかった竜巻からも守られる。防水型なら水害も大丈夫だ。大火災からも、恐ろしい火砕流からも守られる。細菌や毒ガスの心配もない。10日間くらいの食料や飲料水があれば、どんな災害に遭っても安心して避難していられる。紛争や暴動、暴漢が襲ってきてもシェルター内に侵入されることもない。家庭の地下に設置されるから避難に1分もかからない。高齢者や寝た切りの病人も簡単に避難できる。貴重品は日常からシェルターに保管していれば、いざという時に慌てることもない。なによりも家族同様のペットも一緒に避難できる。環境の整ったシェルターなら避難生活時に起こる二次被害の心配もない。
国家シェルタープロジェクトはスタートした。このプロジェクトの前にも民間企業でシェルターの販売はされていた。軍事用シェルターや家庭用シェルターは昔から各国に存在していた。しかし我が国は国防イコール侵略戦争の疑いが国内外から掛けられる。国家プロジェクトとして実施するならば、たちまち国会が紛糾するのは明白だった。しかし、政府は国民の生活と命を守るためにはシェルターが最良だと結論をだした。早速、国内外からシェルターの情報が集められた。幸いなことに、我が国の最先端技術産業と住宅産業は優秀で、家庭用シェルターは研究開発されていた。シェルターは避難と救助がセットでなければならない。そうでなければ一時的には助かったけれど、誰も助けには来てくれない棺桶状態になる。それで災害時には消防、警察、自衛隊がシェルターの安全を確保する。この仕組みがあればシェルター利用者は安心してシェルター内に避難していられる。救助を的確に実行するために、全国のシェルターの規格を統一した。この規格に合わせて、救助方法や救助機器を用意し、救助訓練をした。そして、全てのシェルターを登録し、管理する。シェルターは管理設備が整っており、内部との連絡や、流された場合の位置管理などもされる。シェルター管理情報は極秘扱いで警察、消防、自衛隊の関係各所で共有し、定期的に監視される。災害時に未整備シェルターがあると救助全体に悪影響があるからである。
シェルターは最先端技術、製造技術、施工技術など裾野が広く、地方の中小企業も参加できる仕様だった。同時に全国で勉強会も開催された。政府は普及のために補助金制度を設けたので、家庭用シェルターは爆発的に普及した。住宅ブームを遥かに超えるブームが起こった。学校や保育所や介護施設などには大型シェルターを設置した。シェルター産業の裾野は広く、あらゆる業界に好況をもたらした。シェルターブームによって国内の経済は一気に回復したのである。
シェルタープロジェクトの重要な目的は災害時の救助力を上げることだ。災害対応は最重要な任務だが、救助力には限界がある。家庭用シェルターが普及すれば、シェルターの救出は後回しにすることができ、緊急救助に全力を注ぐことができる。こうして限られた人員でより多くの国民を救助することができるようになった。シェルターが普及すれば100%救助も不可能ではなくなるかも知れない。
家庭用シェルターを設置した人から礼状が届いた。
「家庭用シェルターの話を聞いた時に、一番先に設置したいと思いました。我が家には高齢の父母と、まだ小さな子供達がいます。そして家族同様のペットがいます。前の災害の時は、子供にペットを置いてはいけないと泣かれました。子供の気持ちを大事にしてあげたいと、避難をせず、車で過ごしました。父母も高齢になり、避難することは無理だろうと考えていました。シェルター設置の課題は、子供への説明でした。自分達だけ助かるためにシェルターを設置するということを、子供の心への影響を考えると踏み切れませんでした。でも、シェルターを設置することが、救助への支援になると聞いて安心しました。やっと胸を張ってシェルターを設けることができました」
この手紙が切掛けで、全国にシェルターブームが起こった。シェルターはあらゆる災害に効果的であることは先にも紹介したが、自然災害だけでなく、敵国の軍事攻撃にも強いので、我が国に軍事的圧力は効かなくなり、侵略の恐怖も薄らいだのだ。

■救助隊プロジェクト・フェニックス

シェルタープロジェクトと同時に、フェニックス救助隊プロジェクトが動いていた。自衛隊、警察、消防等の分散していた救助の精鋭を集めて、新しい救助組織を構成した。救助に関する総合組織で、不死復活を意味するフェニックス救助隊と名付けられた。業務は災害に関する全てのことで、防災から復旧までを行うプロ集団である。フェニックス救助隊基地は、比較的災害の少ない北の大地にその拠点は造られ、ここから国全体を管理する。主な任務は災害研究、復興研究と実行、防疫研究、救助機器の研究開発、救助訓練と実行、緊急食料備蓄、緊急飲料水備蓄、緊急生活用品備蓄、緊急医薬品備蓄等々で全国の被災に備える。救助基地のお陰で全国の自治体は災害に対する最低の対応だけで良い事になった。小さな自治体では、予算不足から防災体制を諦めていた自治体もあったため、救助隊基地は全国の自治体や国民から大歓迎された。

■人材の確保と訓練

フェニックス救助隊基地では特殊な災害にも対応できる人材を育成した。これまでの人海戦術から戦略的対応になった。救助訓練された救助隊隊員のパフォーマンスは高く、より早く、より安全に、より多くの被災者を救助できるようになった。
大災害発生時には災害救助のみならず国家の安全にも対応しなければならない。また、災害は自然が相手だけではない。人的災害、国家的災害も起こり得る。国家存亡の危機にも対応しなければならないので、国防隊は災害時には被災者の安全と国家の安全に対応することにしたのである。

■フェニックス救助隊の活動

災害発生時には災害対策本部が設置される。しかし、初動の遅れがあったり、手続きに手間がかかったりで救助が遅れることもあった。秒単位の決断、分単位の行動が必要だったので、それを解決するために救助隊に全権が与えられ、自治体の要請がなくても行動できるようにした。救助隊基地の防災の研究は徹底している。災害予測は不可能とされていたが、徹底した調査力で災害発生寸前なら感知できるようになった。災害種類や規模も調査により予測し、災害のシミュレーションを繰り返し、救助方法が研究された。そして災害に適した救助機器が開発され、救助訓練が行われた。災害発生時には全ての段取りが終了していて、現地で待機するということも可能になった。災害発生時には、救助隊が動くのと同時に、復旧部隊が動くという機動力を発揮した。家庭用シェルターの普及とフェニックス救助隊の活躍で、災害で亡くなる人はゼロに近づいたのである。

■大災害に備えた救助機器の開発

災害には通常の土木機械がメインの救助復旧活動だったが、災害の大型化で今までの機械では対応できなくなった。それで世界になかった超大型救助機器や移動機器、最先端技術の救助ロボット等々の開発が行われた。このプロジェクトには、国内外の機械産業や最先端企業が参加した。政府が用意した基地には、大学や研究機関、そして製造工場が集まった。さらに膨大な備蓄需要に応えるため、各メーカーは専用工場を設けた。そしていつでも増産に応えられるようにした。

■災害・防災・防疫・復興等々に関する研究機関の設置

災害から復興までには、人的作業のほかに多くの専門科学が必要である。政府が用意した基地にあらゆる研究機関や大学、そして企業が集まった。集めたのではなく集まってきたのである。もちろんビッグビジネスとして、企業がこのチャンスを見逃す訳はなかった。国内の企業や研究機関だけではなく、海外の企業や研究機関が集まった。何もなかった北の大地に瞬く間に巨大な街が出現した。この巨大なプロジェクトは、計画発表し場所を用意しただけで稼働した。この救助隊基地は技術と情報だけでなく、資金的にも潤沢であった。好循環システムによって組み上げられたプロジェクトは止まることなく発展するのである。

■エリア救助隊基地

フェニックス救助隊基地は国土全域を監視し、守る存在となった。世界中から災害に関する情報と救助技術が集まり、世界各国が羨ましがる救助隊基地に成長した。各国から救助に関する提携が持ち込まれた。しかし、救助活動はスピードを重要視しているため、遠距離の対応は難しかった。もし遅れることがあったならば、世界から非難されることになりかねない。救助力が逆に仇になるかもしれないのだ。そこで取り敢えず近隣国との提携を検討した。その結果、次のようなことが条件となった。契約は国民が主体となって行うこと。つまり、時の政府に利用されることのないようにするためだった。災害時には即活動できるように国をオープンにすること。政府の手続きを必要とせず、救助隊が直接入国できること。そのために参加国の全権大使が常駐すること。救助、復興の費用は当事国が負担すること。総指揮権はフェニックス救助隊にあることだった。つまり友好国以外は参加できないのである。同時に紛争国も参加できない。参加できない国の政府は国民の信頼を得ることが難しくなる。民主的な国しか参加できない。こうして国内の救助隊の活動エリアが海外にまで広がった。参加国が増え、益々パワーアップしていく救助隊の責任も重くなった。フェニックス救助隊を頼りにしたため各国の救助力は下がっていき、フェニックス救助隊基地の重要性は益々重くなった。基地の安全も重要な役割となり、提携国も基地の警護に参加することになった。救助隊基地は我が国だけのものではなくなり、エリア内各国の重要な基地として存在した。そうなると救助隊基地への攻撃は、エリア内各国への攻撃と同じになり、我が国を敵視する国も攻撃をすることができなくなった。大災害がエリア内を一つにまとめ、エリア内は平和になった。この平和を壊す政治家は選挙で勝つことはできない。惑星が、人類の平和を願って大災害を起こしたのかも知れないと思った。人々が天空にメビウスの輪を見てから数十年が経っていた。
国際救助隊と新国際組織の誕生

我が国の救助力は世界的に認められ、世界から救助を要請されるようになった。これは各国の代表が求めたのではなく、国民がフェニックス救助隊を頼ったのである。そこで我が国の救助隊が中心となり、主要国家による国際救助隊基地が設けられた。惑星を4分割し、4か所の救助隊基地で惑星全体をカバーする。国際救助隊基地の本部はフェニックス救助隊基地に設けられ、参加各国の全権大使が常駐することになった。各国の全権大使は災害に備えて、毎日のように情報交換を行った。こうして、救助をメインにした新しい国際共同組織が誕生し、ここから世界の安全と平和を監視することとなった。もし、平和を乱す国があると、組織から脱会され、救助を受けられなくなる。これは、国民の支持が受けられなくなることを意味する。
武力ではなく、救われなくなるというパワーで世界平和を実現した。

■国際組織として総裁誕生

今までは武力による国際組織だったが、新しい組織はみんなを救うという愛の力の国際平和組織である。参加国の全権大使会議によって我が国の救助隊総裁が、新しい国際組織の総裁として誕生した。世界に認められなかった我が国が、人を助ける救助力で世界総裁になった。
こうして、我が惑星は平和を取り戻したのだという。

老人の話を聞いていた晋介は感動していた。晋介は老人の話を思い出していた。崩壊しかかっていたこの惑星とメビウス国が復興したのは奇跡のようである。でも、凄いことをした訳ではない。当たり前と思われることしかしていない。その当たり前のことに気づかせたのは、メビウスの輪の奇跡だった。晋介はカルパの木の話を思い出していた。目標をしっかり定め、信じて努力すれば、カルパの木の奇跡は起こる。それを可能にしたのはメビウス哲学だと思った。

■別れの日

晋介は老人と別れて、ひとり公園にいた。誰もいない公園の大きな木の下のベンチに座って考えていた。晋介には、もう迷いはなかった。探し物が見つかったのだ。今までの事を思い起こしながら、星空を眺めていた。天空いっぱいに星が輝いている。
「あ、今日は新月だ」
晋介はスーツのポケットからタバコを取り出し、オイルライターで火を点けた。オイルライターがシュボという音を立てて炎が灯った。その炎は、明るく透明な光を放っていた。晋介は初めて見るような美しい炎に見とれていた。そして、ハイライトに火を点けた。大きく吸い込んだ煙を静かに吐いた。街の明かりがタバコの煙にくすんでいった。うまそうに吸ったタバコを携帯灰皿で消して、きらきら輝く星空を眺めた。スーと大きな流れ星が長い尾を引いて消えていった。晋介は責任を果たせた安堵感もあって、うとうとと眠ってしまった。
しばらくたって、晋介は寒さで目を覚ました。そこは、ビルの谷間にある公園のベンチだった。
「夢だったのか・・・」
しかし、晋介の脳裏には数々のアイデアが鮮明に刻まれていた。晋介はスマホを開いて、日時を確かめた。
「まだ間に合う」
晋介は、小さくつぶやいて立ち上がった。ふと気配を感じて、後ろを振り向いたが、そこには誰もいなかった。晋介は身体中に力が満ちてくるのを感じていた。そして、朝日に目映い道を官邸へと急いだ。
公園の大きな木の長い影が晋介を見送っていた。

■終わりに

「アイデアとは何も考えないことなり」
これが筆者の会得した発想法である。
人の為と書いて偽り(いつわり)と言う。
人の夢と書いて儚い(はかない)と言う。
人間のための小賢しい発想はイカンのだと思った。
だから、企画の仕上げは心を空にして、天の考えを聞くのである。
すると、考えが整理され、正しく導かれていくような気がした。

最初に考えたのは世界救助隊基地構想だった。
きっかけはユネスコの宣言文である。
「世界の子供たちが何の罪もないのに大人たちによって殺され、或いは、災害、飢餓、病気等で死んでいく子供たちがいる。それがこの豊かな時代の中で起きていることは、まさに社会の怠慢である」
子供たちの不幸は親が死んでしまうことから始まる。
だから、親を死なせないことを考えた。
作品のおおよそができたのは平成元年だった。
それ以来、救助隊構想を考えることから離れられなくなってしまった。
災害のニュースを見る度にプランの見直しを続けてきた。
「ああ、この人達は死ぬことはなかったのに・・・」と思っていた。
筆者はこの作品を発表することはないだろうと思っていた。考え始めてから随分と月日が流れているから内容も古くなっており、稚拙な作品を晒すことはないだろうと思っていたが、未曽有の困難な時代を迎え、少しでも参考になるところがあればと書き下ろすことにした。

昔から言われていることがある。
「人間は、できないことを想像できない」
想像したということはできるということである。

                      空想企画小説作家 はこび天舟

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