ようこそ

この写真は発達障害を持ったの娘さんの作品です。
本棚の書籍は1冊づつ手作りです。文字もコピーではなく手書きです。本はすべて取り出せます。
悩んでいる人は間違いなく会ったこともないに私です。写真を見て作った愛犬もそっくり。
人間の才能には驚かされます。私の大切な宝物です。

人生で初めてブログを書こうと考えた。
読む人が理解しやすいように書き手のことを紹介する。

以前にも書き手になろうと考えたことがある。
以前とは、親も健在で、妻もいて、親戚もたくさんいた頃。自分のことを赤裸だに書くことなんてできないなぁと思っていた。

しかし、今はほぼ孤独な人生になり、誰にも憚ることなく書けるようになった。
ほぼ孤独とは身の回りの関係者と言えば、自由に生きている弟が一人いるだけである。
いまなら何を書いても、誰にも迷惑をかけずにすむ。
本名で書いたら遠くの親戚に嫌な思いをさせるかも知れないので筆名で書くことにした。
女性関係のことでも、誤解をされずに書くことができる。
これがブログを書こうと思った動機である。

書き手になるには他の理由がある。

自分の死を意識し始めたことにある。
正確に言うならば「死」ではなく、人生が終わると言うことを意識し始めた。筆者は死ぬということにはあまり関心がない。

子供の頃に母親に聞かされたことがある。
「お前は三歳で一度死んでいるんだよ。家の裏のドブの水たまりにうつ伏せになって倒れていた。ビックリして起こし、身体を揺さぶったら息を吹き返した」

オレは一度死んでいるという自覚ができてからは、死ぬということに関心がなくなった。
生きていられる時を一生懸命に生きてやろうという考えになったのだと思う。といっても自分がどうやって生きてやろうなんて考えながら生きているわけでもないので、自分の生き様なんて良くわからない。

終活を意識し始めたのが60歳になったときである。
人生の終わり、つまり定年は55歳の時代だった。

その時「あと5年頑張ってみよう」と思って、積極的に行動し、生きてみた。
5年間はあっという間に過ぎ、結果は何もできなかった。

でも、まだまだ健康で気力も充分にある。
「じゃあまた5年だけ頑張ってみよう」

結局、5年も何の成果もなくあっという間に過ぎ去った。
「人生へのチャレンジは終わりにしよう。さて、どうやって人生を終わらせようか」
そこから終活が始まったのだが、5年経っても終わらない。

終活に入るのが遅すぎたと思った。
それからは、毎日焦るように、走るように生きている。
もう死ぬのは目の前なのだから、煩わしい人付き合いは避けるようになった。

こう書くと、筆者は偏屈爺だと思われるでしょうから、少しだけ言い訳をしておきたい。
筆者は人間が大好き、年齢、性別、国籍に関わらず大好きだ。

その大好きな人に裏切られることは何よりも辛い。
人間は生きている以上、大事な人を裏切らなきゃならない事情ができる。
決して裏切りたくて裏切っているのではないことは解る。
でも、大切な人と別れなきゃならないのは堪えきれないくらいに悲しい。

この悲しみを避けるためには、人と付き合わないこと、一人の寂しさに耐える方が良いという判断をした。

すこし話をブログを書く理由に戻そう。
筆者は多分、小学生の頃から一生懸命に生きていた。
ただし、自分の興味のあることに限定はされる。

筆者の人生に大きな衝撃を与えたのがテレビのドキュメント番組だった。
テレビには外国の貧しい国の様子が紹介されていた。
番組のタイトルは「ストリートチルドレン」

今も、思い出すだけで涙が溢れてくる。
番組の内容は、親を失った子供たちが野良犬のように生きている。子供たちは軒下やベンチの下に隠れて暮らしている。食を得る手段は盗みしかない。それを大人達は野良犬を追い払うように、笑いながら銃で撃つ。撃たれた子供が死んでも、害獣を殺ったかのように自慢げに笑う。

その番組を観ながら子供の筆者は泣いた。
そして決意した。
「この子たちを救いたい」
そうして自分のできることを考えた。

子供が不幸にならないためには親が死んでしまう原因をなくすることだった。
子供にできることなんか何もない。
それでも必死に考え、少しだけ自信のあった発明で救おうということだった。

小学生の頃、近所で流行った遊びは全部筆者が考えた遊びだった。
東京で流行っているものは自分で作り、近所に普及させた。
だから、フラフープの流行が田舎に来た頃には、みんな飽きていた。

人柄はおとなしく、目立ちがり屋ではなかったが、正義感だけは強く、それがいつもケンカも素だった。身体の大きな上級生にでも変わることなく向かっていくので、母親を呆れさせていたのを覚えている。

その所為なのか、親は自由にさせてくれた。
家庭科の成績が悪くても「男の子はそれでいい」という母親だった。
だからなのか、初心変わることなく、大人になっても同じだった。

生涯を通じて「考えること」に明け暮れた。
執筆した「100円ノート超メモ術」は、考えることのために発明したメモ方法を書いた本である。

100円ノート「超」メモ術

Amazon読者の感想

文中著者も述べておられるが、ノートの第一のキモである「右下角」を切り落とすというアイディアは、決して新奇なものではないかもしれないが、最終ページにインデックスを設けて、関連ページへただちにアクセスできるようにするという「リンク」の貼り方が秀逸だと思う。これがためになんでもかんでもとりあえずメモるという習慣が確立するのがすごい。で、実際にコンビニやホームセンターに行ってみると、案外A6の大学ノートって置いてない、てゆーか品薄になっている。この本の実践者がかなりの数に上るのではないか、と推察するが、果たして? いずれにせよ、これは情報管理の最もチープで、最も基礎的で、最も革新的なメモ術だと思う。


インターネットが普及している現在とは違って、情報といえば学校の図書室である。
マニアックな情報といえば街の小さな書店に並んでいる本だけだ。

こんな環境だから、観察力と思考力は常に磨かれていた。
発想の方法は「野生の勘」で、自分はいつも自然人であることを心掛けていた。
いま思えば「ヒラメキ力」を磨いていたのだろう。
映画的にいえばジェダイの能力であるフォースの訓練をしていたのだろう。
その影響なのか、いまも趣味は迷子である。
迷子になった時の心細さと緊張感、生きるための野生の勘が目覚めてくるのがたまらない。

力のない者がアイデアだけで何かを成功させることは難しい。
でも、アイデア力を利用したいという人は多い。
お陰で七転八倒の人生を繰り返した。
様々な経験から「人間は死ぬ時が来るまでは死なないもの」だということも悟った。

こんな人生から多くの事を学び、経験し、修得もした。
そしてアイデア力が老化したら、本当に社会から引退しようと思っている。
だから、常に自分の発想が「爺臭くないか」をチェックしている。

好奇心と探究心、正義感とアイデア力が健在な内に、自分の得た財産を残そうと考えた。
それが、このサイトと関連サイトである。
サイトは自動的に維持されるようにした。
若い人が成長するための糧となってくれることを願っている。

2021年11月 はこび天舟

おことわり

筆者はやっと作家を目指して勉強をはじめたところです。
このサイトにはたくさん?の作品が掲載されています。
しかし、どれも未熟で読むに値しない作品ばかりだと思います。
それゆえに日々考え、書き直しています。
良い意味のバージョンアップ?。
そのため読者のみなさんには不愉快な思いをさせることが多々あるかと思います。
最初にお詫びを申し上げます。

100円ノート「超」メモ術―目から鱗が落ちる!

結果がどんどん出る「超」メモ術 (青春文庫)


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