ひらめきアイデア事例:世界の貧困を救う

想像企画小説

ここに紹介するプロジェクトは筆者のヒラメキから発展させたプロジェクト案です。
ヒラメキからアイデアへと発展させる事例としてご紹介します。
世界の貧困を救う手立てはないものか、お金をかけないで救い発展させることはできないものかと考えていたら、突然にヒラメキがあって、それをアイデアとしてまとめました。ボランティア・プロジェクト・アイデアとしては良いものができたと思いましたが、これを具体的に進めるアイデアがなかったのです。

進められない原因のひとつが筆者の行動力のパワーの足りなさだった。そのためこのアイデアは日の目を見ることなく、パソコンの奥に仕舞われたままでした。それでも、気になっていたアイデアでした。
この本を執筆するに当たって、原稿が足りないと悩んでいました。編集者と約束した締め切り日時も迫まっていた土曜日の深夜、神経も高ぶっていて眠れないのでテレビをかけたら、「ビジョンハッカー」のことが報道されていました。筆者は以前からボランティア活動には興味があったので、興味深く観ていました。Z世代と言われる若い人たちがSNSで繋がって、ビジネスとはまったく関係なくボランティア活動をしていることに驚くと共に、未来に希望を見いだしました。

その時にヒラメキがあったのです。このプロジェクトを「ヒラメキによるボランティアプロジェクト」として掲載しようと思ったのです。
本書もブログと連携し、内容のバージョンアップをしようと考えていたものが、一気に連携を始めたのです。

書籍の目的が、ボランティアプロジェクトを進めることが第一の目的になったのです。
これでこそ、天がヒラメキを与える目的と合致するものです。その証拠にこのプロジェクトは好循環システムになって、大きく発展するようになっています。

■ヒラメキ物語「アイデアで地域興しと世界貢献」

ここは南米の小さな村である。
人口は100名だが、若者と大人は遠くの街に出稼ぎに行っているから、村にいるのは子供達と老人の50人足らずである。
村人の仕事は近くの川に水を汲みに行くのと小さな畑の農作業である。
畑には芋とトウモロコシが中心で、若干の野菜がまるで野生植物のようにはえているが、大概は野生動物に食べられてしまう。
野生動物は野菜の旬が解っているようで、食べ頃の時に食べに来る。
粗末な囲いはあるが、とても動物の侵入を防げるようなものではない。
生活は出稼ぎに行っている人の仕送りだけが支えである。
この仕送りも最近は少なくなり、時には何もないときもある。

出稼ぎに行っている家族との連絡は電話会社が置いていった携帯電話である。
この村に電気はきていないので、太陽光パネルで電気を得ている。太陽光パネルの性能は余り良くないので天気の良い日中に充電する。
最初は直ぐに充電できていたが、最近では長い時間がかかっている。
天気の悪い日は発電量が足りないので充電が思うようにできず、電話のできない日もある。

ある日突然、出稼ぎに行っていた若者が帰ってきた。
彼らは痩せ細っていて、どんな苦労をしてきたのかを物語っていた。不景気のため、臨時雇用の彼らが解雇されたという。
村の人たちは彼らを優しく迎え入れ、苦労をねぎらった。

若者達は連日話し合った。一番若いジミーが言った。
「もう、出稼ぎは嫌だ」と言って泣き始めた。
一番年上のトムがジミーを強く抱いた。誰もジミーを責めなかった。
彼らはみんな同じ気持ちだったのだ。

彼らの中で頭の良いヘンドリーが言った。
「出稼ぎに行かなくても良い方法を考えよう」
身体の大きいサムが言った。
「力の強い俺でさえ仕事は厳しかった。
ジミーに耐えられるわけはないよ」

工場での彼らの仕事は、劣悪な環境で働かされていた。
彼らを動かしていたのは、S国から来た男だった。
その男に逆らうと、首にされてしまう。
工場の管理者は、工場の片隅で働いている彼らのことなど頭になく、その男にすべてを任せていた。

給料日には、少ない賃金から賄賂を要求された。
仕送りはどころか、食べていくのも厳しかった。
若者達は薄汚れた小さな部屋で耐えるしかなかった。

突然のことだった。工場が不景気になったということで解雇された。
彼らはその日のうちに寮から追い出された。
それから5日間歩いて村に辿り着いたのだった。
「自分たちで仕事をして稼ぐことを考えよう」とトムが言った。
若者達は顔を見合わせたが、直ぐに下を向いてうなだれてしまった。
「無理だよ。俺たち何にもできない・・・
誰も返す言葉を持っていなかった。
しばらく沈黙が続いた。

頭の良いヘンドリーが言った
「そうだよ。出稼ぎに行っても仕送りできるだけ稼げない。
生きていくためには自分たちで考えるしかないんだよ。
工場に行ったって、俺たちの方が外国人みたいに扱われ、使い捨てにされる。
やるしかないんだよ」

身体の大きいサムが言った。
「何とかしたいけど・・・俺たちは何もできない・・・・」
そう言って、涙を流した。
サムは大きな身体を震わせ、唇を噛んで泣いた。
ほかの若者達も、うなずいたまま泣いていた。

一番年上のトムが言った。
「俺たちがしょげていたら、村がダメになる。
とにかく何でも良いから考えよう」

もの静かなマッケンローが話し始めた。
「オレ、絵を描くのが、好きでしょう・・・」
みんなははじめて顔を上げてマッケンローを見てうなずいた。

身体の大きいサムが言った。
「見てくれよ、このシャツの絵はマッケンローが書いてくれたものだよ。本当に上手いと思うよ」
みんなは少し笑顔になってうなずいた。

マッケンローが続けて話し始めた。
「少し前に旅行している日本人に逢ったんだ。余りにもつまらないシャツを着ていたから、シャツに絵を描いてあげたら凄く喜んでくれた。そして言ってくれたんだ。何かお礼をしたいなぁってね。でも、その後直ぐに解雇になって追い出されたから、その日本人に逢えなかった。」
「その日本人に相談してはどうだろう?」
「マッケンローは凄いね。日本人に認められたのだからね」と言ってみんなは喜んでくれた。

そして、頭の良いヘンドリーが言った。
「絵を褒めてもらっただけだろう?そんなことだけで逢ったこともない俺たちの相談に乗ってくれるわけはないだろう。その日本人にとって何も良いことはないだろうし、俺たちだって何のお礼もできないだろ」
みんなは「そうだ」と言わんばかりに再びうつむいてしまった。

一番若いジミーが言った。
「僕も日本人に優しくしてもらったことがあるよ。ねぇ、相談してみようよ」

一番年上のトムが言った。
「マッケンローはその日本人と連絡が取れるのかい?」

マッケンローはニコッと笑って背中を見せた。
マッケンローのシャツの背中に、大きくメルアドが書かれていた。
kamishima @ japannet.org
「無くさないようにとシャツに書いてくれたんだよ」

みんなの目はマッケンローのシャツに書かれた文字に釘付けになった。
そして、みんなの目に希望の光が灯った。
「連絡してみようよ」とみんなが言った。

早速、携帯電話でメールを打とうと言ったが、みんなの携帯のバッテリーはゼロだった。
しかも雨期に入っているので太陽光パネルも役に立たない。
みんなはイライラしながら雨の晴れるのを待った。

翌日も雨は朝から降り続いていた。
ところが、お昼頃、突然雲の隙間から太陽が顔を出した。
まるで若者を応援するかの様に強力な光を放った。
太陽光パネルに繋いだ携帯電話の電源が入った。

頭の良いヘンドリーが急いでメールを入力した。
「相談したいことがあります。
マッケンロー・・・」と打ったところで再び雨が降り始めた。
携帯は「残量1%」を表示している。

トムが叫んだ。
「発信しろ」

その声に応えるように送信ボタンを押した。
その途端に携帯の電源は落ちた。

マッケンローが心配そうに話した。
「無事に届くだろうか?」

ヘンドリーは何も言わなかった。
発信できたのかは自信はなかった。
もし、発信できたとしても相手に届くだろうか?
メールの文章は中途半端だから意味が通じるだろうかと不安でいっぱいだった。

返信を待つしかない。


雨は降り続き、太陽が顔を覗かせることはなかった。
3日が経ち、1週間が過ぎたが何の変化もなかった。

携帯は電源が落ちたままだから、返信があっても解らないのだ。
そして、10日が過ぎ、みんなの中には諦めの気持ちが強くなっていた。

そんな頃、隣村の老人がお客さんを連れて訪ねてきた。
「日本人のお客さんを連れてきたよ」と大きな声で叫んだ

小屋の中で農具を整理していたマッケンローは飛び上がった。
「まさか・・・・」と小屋を飛び出した。

そこには、見覚えのある日本人が立っていた。
「こんにちは、マッケンロー」と言って微笑んだ。

マッケンローは顔をくしゃくしゃにして彼の手を握った。
「マッケンロー、メールは受け取りました。
返信したのだけれど返信不能で戻ってきたんだ。
そこでアドレスから場所を調べ、何とか隣村まで辿りついた。
ちょっと苦労したけど逢えて良かった」といってマッケンローの肩を抱いた。

マッケンローは我に返って、大声で叫んだ。
「おーい、日本人がきてくれたよぉ。ミスターカミシマが来たよぉ」

上島は、彼らと話をし、村を隈なく見て歩き、現状を理解した。
さらに、若者一人一人と話をして、彼らのことを詳しく知った。

上島は、自分がやっていることを説明した。
日本で開発途上国の人たちの自立を支援する仕事をしていること。
まだ始めたばかりで、どうするかを考えて、現場を見なければと旅をしている時にマッケンローと出会ったのだという。
マッケンローのメールを受け取ったときに、何かができそうだと感じたのだという。
「僕は日本に帰って、何ができるかを相談してみます。きっと上手くいきますよ」と言って人なつっこく笑った。

「そうそう、お土産を持ってきましたよ。手回し式発電機です。これならどんなときでも電気を起こせて、携帯もいつでも充電できますよ」

上島は一番年長のトムにお土産を手渡すと、隣村の老人に案内されながら帰って行った。


3日後、上島は東京のボランティア団体の事務所の会議室にいた。
彼の他に3人のスタッフと一緒だ。
上島はホワイトボードに企画書を投射し、「南米サバーブ村アイデア支援プロジェクト企画」の説明をしていた。

「概要は以上です。今回の資源はマッケンローのデザインです。
それぞれは必要なブレーンに要請を出してください。現地の指導は上島が行います。」

メンバーの笹原が言った。
「チーフ、資源の質は大丈夫ですか?いくらボランティアといっても市場価値がなければ成功しませんよ」

上島は笑いながら言った。
「ああ、そうか。まだシャツを見せていなかったね」と言って、マッケンローに描いてもらったシャツを見せた。

「おお、素晴らしい」と言って、メンバーは納得した。
事務局担当の相原女史がそれぞれの役割を発表した。

「島原さんは特許関係のサポートをお願いします。
今回はデザインの意匠関係が主ですね。
それから佐々木さんは製造関係のサポートをお願いします。
内容は刺繍と縫製になると思いますので、協力して頂ける企業さんへお願いしてください。
西天さんは材料のサポートをお願いします。
シャツとスクリーン印刷関係と刺繍糸と包装資材になると思います。
上島さんは、現地の教育全般をお願いします。
まずは、上島さんの進み具合に合わせて動いてください。
私からは以上です。
言い忘れましたが、資金の交渉は私相原が行います」

この組織は開発途上国の人々を直接指導し、ビジネス化の支援をする。
すべて、自分たちでできるようになるまでは支援するが、その後は自立できるようにする。
何処かと取引をするときに騙されたり、不利な契約をされたりすることがないようにサポートする。
単なるボランティア組織ではなく、日本の中小企業と連携し、現地と企業のウインウインの関係を構築するのが目的である。

出発前の上島さんにお話を伺うことができた。

このプロジェクトはアイデアプロジェクトです。
みんなが幸せになるためにはアイデアと実現力が必要です。
現地のニーズは現地でなければわかりません。
他国が勝手に自国の幸せを持ち込んで「幸せでしょう」と言ってもダメなのです。
幸せというのは、自分たちが苦労して手に入れないとダメだと思うのですよ。
現地の人たちはそのことに気が付いていないので、現地の人たちが気が付いて立ち上がるまでを支援するのです。
だから、私たちはできるだけ手を出さないようにしています。
みんな驚くような才能を持っています。
でも才能の使い方や磨き方を知らないのです。
現地の人たちが変わっていくのが私たちの最高の喜びなのです。
今は世界中にその幸せが芽吹いているのです。
もちろん政府も支援してくれています。
この活動は国交の基盤ともなり、世界の安全を守る安全保障のパートナーとなっています。
人間、不平不満があると悪い方に行きがちですからね。
みんなを豊かで幸せにするということは世界が平和になることのお手伝いなのですよ。
上島さんはそう言って愉快そうに笑った。

私は「何もしないボランティア」に感動していた。
それから一週間後、上原はサバーブ村にいた。
もう、雨期は終わり、良い天気が続いていた。
雨期の後の自然はみんな生き生きとしている。
村人達も生き生きとしている。

上原は、これが自然と一緒に暮らすということなんだろうなと思った。
上原は村人達に集まってもらい、プロジェクトの話をした。
みんなの目は輝いていて、上原の言葉を真剣に聞いていた。
上原は現地の言葉はわからないが、出稼ぎに長く行っていた人たちは英語を話すことができたので会話には困らなかった。

「あなたたちが自立できるように日本のスタッフが支援することになりました。
これからは自分たちで考え、自分たちで造り、自分たちで販売するのです。
もう、誰もあなたたちから搾取する人はいません。
自分たちが稼いだお金は全部あなたたちのものです。
私たちは手数料も何も戴きません。
私たちの願いはみなさんが豊かで幸せになり、世界の平和を願ってくれるだけでいいのです。
そうして頂けるだけで、私たちの国も世界の国も戦争の危険がなくなり、戦争の負担もなくなるのです。」

村の人たちは信じられないという思いだったが、上原の人柄を信用することにした。
「さあ、明日に夢に向かって勉強しますよ」

上原は次のようなことを教えた。
商品開発にはデザインが重要であること。
商品は意匠登録や特許で守られていること。
商品作りは真心を込めて丁寧につくること
商品は大切な贈り物になるのだから、丁寧な包装が必要なこと。
商品販売のルールや経理システム
作られた商品は世界のボランティアSNSが販売してくれること。
「最初の必要な道具や材料は、私たちのメンバーからプレゼントします。
その後は全部自分たちで行うのですよ。幸せや喜びは苦労しないと得られないのですからね。
いつでも私たちはみなさんを見守っているし、困ったことがあったらサポートします。
安心して頑張ってください」

上原と同行してきた、デザイナーが若者達を徹底指導した。
製造担当のスタッフが刺繍や製品作りの指導をした。
そして最後に上原が、商品もデザインも常にカイゼンと発展をさせなければならないこと。
新しい商品開発の必要性を教えた。

そして何よりも大切なことは、自分たちの文化を大切にしたオリジナル商品の大切さを教えた。
約1ヶ月間の研修が終わり、自立への第一歩が始まった。

そして、最後の日に上原がみんなに言った。

「これが、私のプレゼントです」といって、小さな小屋を指さした。
そこには、上原が手作りした可愛いお店があった。
「商品は地元の人に愛されなければダメです。
ここで商品とはどういうものか、買ってくれるということはどういうことかということを学んでください」

そう言って、上原の仕事は終わった。

上原は住民に見送られて、車で空港まで行った。
「これでこの村は大丈夫だ。もう来ることもないだろう」

やがて日本の空港に立った上原は、まっすぐ事務所に行った。
そこでは、成立メンバーでもある立花女史が待っていた。

「おつかれさま」と言って、熱いコーヒーを入れてくれた。
二人は窓際に置かれている小さなテーブルに座り、遠くの景色を見ている。
この窓は山の方を向いていて、美しい夕日が見られる。

二人は無言でコーヒーを飲んでいる。
二口ほど飲んだ頃、立花女史が口を開いた。

「上原君、本当にお疲れ様でした」

「いえいえ、また素晴らしい体験をさせて頂きました。
本当にこの仕事をできて喜んでいます。
立花さんがいなかったらこのプロジェクトは立ち上がっていなかったですよ」

「私は上原君達の熱意に動かされただけですよ。でも、あの頃が懐かしいね」

二人は設立当時のことを思い出していた。
最初は、田舎の村の街おこしプロジェクトだった。

上原は村のアイデアマンとして、いろんなイベントを行い、みんなに喜ばれていた。
しかし、祭りの後とは良く言ったものである。
どんなに賑わっても、どんなに楽しくても、ひと晩限りだけで、次の日からは再び過疎の村の大変さが待っている。
なんとかしたいと思ってはいるが、上村一人ではなんともできなかった。

そこで相談したのが、起業経験のある立花女史だった。
立花女史は上村の活動を見ていて、アイデア開発の能力を認めていた。
立花女史は起業経験があるといっても、成功者ではない。
立花女史は3年前に若い主婦をターゲットとしたビジネスモデルを考案し、数人の社員を雇用するほど成功していた。
しかし、ひとりの社員の裏切りで、地元の大きな会社にマネをされ、資本力の差はで勝てなかった。
ビジネスは尻つぼみになり、1年で会社を閉鎖することとなった。
彼女のビジネスをマネた会社もそんなに成功しているわけではない。
おいしいところだけをつまみ食いしたビジネスからはお客さんが離れていったからだ。
そして、そのビジネスは消えてしまった。

立花女史は言う。
「マネをされたのはビジネスは競争社会だから仕方がない。
だけど、世の中に役立つビジネスだったのに金儲けだけに走り、潰してしまったことが残念です。その会社に成功して欲しかった。
それだけでも、自分の考えが間違っていなかったことが証明される。
それがあれば、また次へ進めたのにね。
結局は自分の考えが正しかったのか間違っていたのかは解らないままなのです」

この村は移住者が多いことで有名なのだ。
都会で人間関係に挫折した多くの人たちが安らぎを求めて移住してくるのだ。
何もない山村なのだが、村長の提案で村おこしが始まった。

テーマは「山村に都会の憩い」とした。
目玉は村営のインターネット高速回線だ。
というか、これしかない。
後は、静かな自然と新鮮な野菜と天然の鮎と豊富な山菜だけである。
昔は街道の街として栄えたので、歴史的な建物が多い。

インターネットにサイトを作り、村を紹介し、移住者を募集した。
「高速ネットワークの山村へようこそ」

現代人はネット環境さえあれば、何処でも暮らせる。
町中で高速Wi-Fiが無料で使える。
様々な業種のフリーランスが集まった。
都会では暮らしにくい人がたくさんいたのだ。
住まいは、古民家がたくさんあり、宿場町だったから古民家下宿もあった。
市場に行くと新鮮な野菜が格安で買える。
釣りの好きな人は、自分で釣って余った魚は市場で販売する。
釣れた情報は直ぐにネットに流されるので、直ぐに買い手が付く。
鶏卵は放し飼いのニワトリの卵が手に入るし、新鮮で濃い牛乳も定期購入できる。
とにかく、食べ物にはなにも不自由はない。
仕事はネットワークを使って仕事をしている。
人間付き合いの苦手な人が多いことが、この村おこしを成功させた。

村長は第2弾を仕掛けた。

みんなの知恵と技術を合わせた商品開発プロジェクトだ。
新商品開発は競争相手に知られないように研究開発し、テストを重ねて、特許を獲得して、生産し、販売ルートを確保し、やっと販売になる。
ここまでかなりの開発費を使って行うが、売れる確約はない。
売れなかったら、開発費は無駄になる。
だから、余裕のある大手企業でなければできないのである。

このシステムに挑戦しようというのである。
村がセンターとなり、移住してきた人たちに説明した。
それぞれが自分の技術や能力を使って参加する。
参加内容は自分の余力だけで負担はあまりない。
しかし、多くの人たちが集まると大手並の研究能力を発揮する。
このシステムの特徴は、参加作業に応じて貢献ポイントを決める。
研究開発には村が協力する。
ここで誕生した商品の特許や意匠登録は村役場が担当する。
そして、ビジネスになった時には、貢献ポイントに応じて利益を分配する。

もうすでに100点以上の商品が開発され、参加した人たちは充分に収入を得ている。
単独では商品化することができなかったものが、商品化されていく。
みんな競ってアイデアを出してくれる。
これは村役場が権利を管理し、面倒な手続きは一切必要ない。
会議で出したアイデアが、どんどん貢献ポイントとして登録されていくのである。

そして、村長は計画を第三段階目に進めることになった。

それが、A女史が所長を務める「アイデアで世界貢献プロジェクト」だ。
上川もこの組織の一員である。
この村で実験した村おこしシステムを世界で実現いようという計画である。
基本は現地が現地の力で村おこしをできるように指導し支援するプロジェクトである。

開発途上国の支援は難しくはなかった。
アイデア開発の手法を教えると、現地の人たちは直ぐにマスターした。
開発途上国の田舎の村だから、不足しているものは山ほど合った。
現地で生産できるものは現地で人を雇い、生産する。
生産も、配達も、販売も全部現地の人たちだけで行う。
高度な技術が必要なものは日本国内の協力企業にお願いする。
もちろん正当な対価で行われるので、国内企業の支援にもなっている。
造られた製品は近隣の村まで持って行って販売する。
現地の人が現地で開発するのだから、販売に苦労することはなかった。

このような活動をアメーバーが成長していくように村から村へと広がっていく。
今や現地の巨大な村ネットワークが構築されている。

山村の小さな山村から始まったアイデアプロジェクトは世界の開発途上国支援プロジェクトとなって今も成長し続けている。
二人は、懐かしく思いだしていた。
上川はコーヒーを飲み干し、テーブルに置いた。

「さあ、明日からはナイジェリアだ」
上村の目は 遠くナイジェリアを見ていた。

●最後に

いかがでしたでしょうか。
買い始めたときは、7割くらいの案がありました。
書いている内にアイデアがヒラメキ、書き終えることができました。
小説を書くには筆者がまだ未熟なので読みにかかったと思います。
アイデアだけで地域おこし、世界貢献だって可能なのだと言うことを知って頂きたかったのです。

●アイデアのパワー

アイデアは誰でもできることです。
このプロジェクトは地域支援です。
外国からの支援では、その地域の本当の支援になりません。
一般的には、金融融資や支援で工場が建てられたり、企業進出で工場が建てられます。その時、土地の提供や有利な条件での土地の取得などがあります。
その見返りとして、工場で働いて賃金を得ると言うことになりますが、経営は外国なので、経営が最優先のため雇用が安定しません。すべてが地元の人たちだけで行わなければ真の地域開発になりません。
このプロジェクトは地域の人たちにアイデア開発方法を指導します。開発するものは地域で不足している製品です。開発途上国なら海外の商品に頼っているものが多いと思いますので、開発すべき商品は多いだろうと思います。その他にも地域ならではの商品も多いだろうと思います。
自分たちで考え、自分たちで造り、自分たちで販売し、地域の人や世界が購入するのです。
(作成中)